ふれて

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通路が狭く、陳列している物に触れたりしたら落としてしまいそうなので、注意深くゆっくりとしか奥に進むことができない。ガラスや陶器製のものが乱雑に重ねられているのが崩れてきそうで怖い。服の裾やバッグに気をつけながらジリジリと足を踏み出し、小さな店なのに時間をかけてやっと目的の声の主を見ることができた。 レジカウンターの向こう側に座り、何か作業をしているらしく手元に視線を落としている。スタンドライトに照らされ、オレンジ色の光の中に浮かぶ男の横顔は、彫りが深く綺麗に陰影がつけられている。 数々のオブジェと同じように仄暗い中に佇んでいながら、男がいる場所だけがほわっと熱を持っているように見えた。それは照らすライトのせいだとわかってはいるけれど、静寂の中で僅かに心を波立たせた。俺が見ているのに気づいたようで、手元から顔を上げこちらを見る。 店の雰囲気も相まって、おそらく『色気』というものを妙に漂わせる映画俳優のような男だった。主役ではなく脇役、ウエーブの掛かった長めの髪が顔にかかりアンニュイに見せているのに、黒目部分が色濃く大きい目やしっかりした顎から気が強そうにも窺える。 おそらくとてもお洒落で文化系の店を営んでいながら、それにはそぐわない体育会系の男らしい体格。纏われたよれっとしたシャツが適当な性格を匂わせている。いろんな意味でアンバランスで、のんびりとしたこの街ではどこか浮いてしまいそうだ。 「どうぞ、ごゆっくり」 一言投げかけ、すぐにまた手元に目線を落とす。こんなので商売になるのか、商品が盗まれたりしないのか、勝手に不安になる。 「バッグが当たりそうで怖いので、置かせてもらっていいですか?」 「そこの椅子の上にどうぞ」 目線だけでカウンターの横に置いてある椅子を指しながら温度のない声で言う。さらにカウンターに近づくと男がふっと口元に笑みを浮かべた。 「聞きたいことがあったら何でも聞いて」 普通に店主らしいことを言ったので、何だかがっかりした。ちょっと笑った感じがいいと思ったのに、そう思ってから自分の思考回路の支離滅裂さに気づき、男から視線をそらして雑貨が並ぶラックに目を向けた。
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