ふれて

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俺の部屋にちまちまとした用途をなさないものが増えていくのは時間の問題だった。プレートに始まり、台を押すと足を折るバンビのおもちゃ、ごく小さな燭台、真鍮のクリップ、ハットピン、塗り絵になったポストカード…。 変に思われないよう数日おきに店を訪ねるということまで気を遣い、その時々で目につく千円から二千円程度の小さなものを買う。三週間目に彼の名が貝瀬謙太郎(かいせけんたろう)だと知り、自分の名前は渉(わたる)だと教えた。 一ヶ月してコーヒーを淹れてもらい、カウンター前の椅子に座って話をするようになった。貝瀬から聞くアンティークの話や外国に買い付けに行った時のエピソードは面白く、またつい生活に必要のないものばかり買って帰ってしまう。 初めの頃は全く統一感のない雑貨たちだと思っていたが、貝瀬が自身の足で歩き回りその目で選び集めたものだと知ると、なんとなく彼の趣向が透けて見え、心地よくそこに収まっているように見えてくるから不思議だ。 手元に置いておきたい面白い本のようにこの店を気に入ってはいるけれど、それよりも貝瀬に会いたい、なぜか強くそう思う。今まで同性を恋愛対象として見たことはないし、魅力的な男だと単純に思うにしても、これほどまでに思い、通い詰める理由が自分にも解らない。それでも気づけば、吸い寄せられるように重たい扉を開けている。 あの日貝瀬が手にしていたベルベットリボンを一メートルだけ買って、ベッドのヘッドボードの突き出た部分にゆるりと結んだ。眠る前にするするとリボンに触れ、埃っぽい空気で占められた暗い店内で灯りに照らされる貝瀬を思い出す。リボンを巻く無骨な手を、どこか皮肉な笑みが浮かぶ口元を思い出す。 どうかしている。そう思っていっその事リボンを捨ててしまおうかと思うのだけれど、それはいつまでもそこにある。貝瀬によると百年以上も前にヨーロッパで作られたものらしい。 こうして撫でさすっていると、愛着が湧くと同時に綺麗なものを乱したいという欲望が生まれる。そっとそこに楚々と佇むものを暴きたい、その願望はいつも飄々としている貝瀬に向けられているものと同じような気がする。誰にも見せない表情を見てみたい、そのモチベーションの説明は自分にさえもつけ難かった。しゅるりとリボンを端まで引き、そのまま手放す。
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