ふれて

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それから貝瀬はふとした瞬間、ごく当たり前のように手に触れてくるようになった。誘うような雰囲気など少しも垣間見せず、ただ触りたいから触る、それだけだ。 「俺にとって手触りは最優先事項だ。装飾はあってもいいけど、見た目は二の次だな。手触りが最高なら醜悪さも厭わない」 裂けたリボンを手に取りながら無神経に言い放つ。暗に俺の見た目がどうであれ、手触りがいいから撫でているだけだと言いたいのか…自分に置き換えるなんて変に勘ぐり過ぎている。 客観的に評価しても可もなく不可もなく普通の大学生。よく存在から見た目まで『薄い』と表現される。一重に近い奥二重の目に薄い唇、細い顎、一般的日本人といって全く差し支えない顔と細い体はどこにでも紛れてしまう。 普通の大学生は、友達も作らずバイトもせず、男目あてに骨董屋に通ったりはしないか。 初めて手に触れられた日から、貝瀬への好意より一線を超えた気持ちを自分に言い訳できなくなっていた。触れられるたび体の芯がささやかに熱を持つ。触れられた瞬間身体中の血液や細胞が喜んで貝瀬の指を目指して集まってくるように感じられるほど、心も体も常にその始まりを期待していた。 一度こうやって狙っている女の子の手を触るのだろうと軽口を叩いたことがある。『全く別の話』とばっさり切られた。 「もっと厳粛で厳密なもんなんだよ。それに肌は柔らかいのより引き締まった方が好みだ。抱くのは別だけどな」 貝瀬の心ない発言を、なんでもない顔で聞き流さなければいけないシチュエーションを呪う。軽々しいことを言うんじゃなかったと自分を呪う。
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