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朝から立て込んでいた仕事をようやく終え、遅い昼食を取る事にした。エレベーターに乗ると一つ下のフロアで羽根田が乗ってきた。
「お疲れ様です。昼飯ですか?」
頷くと僕もですと羽根田が答えた。近くに新しい蕎麦屋ができたので一緒にどうかと、俺から誘ってみた。
「蕎麦で大丈夫? お腹満足する?」
「はい。蕎麦好きです」
エレベーターを降りて店まで歩いた。羽根田は百七十センチメートルぐらいある自分より、五センチほど背が高かった。細身だが体は締まっている。
「なんかスポーツやってたの?」
「学生時代にテニスをやってました」
「そうなんだ……」
自分は全く興味がなかったが、寺坂もテニスが好きで何度か一緒にプレイした事があった。下手くそだのセンスがないだの散々罵られたせいかテニスが嫌になり、近頃はめっきり誘われなくなった。
「湊さんは?」
「テニスはやった事あるけど、あんまり上手くない。中学と高校でサッカーやってたけど、最近は体を動かしてないな」
「ですよね。仕事が立て込むと会社と家の往復だけですもんね」
お互い仕事の忙しさを愚痴りながら蕎麦屋に入った。すぐに案内され二人掛けの席に着き、同じざる蕎麦を注文した。
「今度、一緒にテニスしませんか?」
いきなり誘われて驚いたが、社交辞令だろうと軽く流した。年下の羽根田にみっともない姿を見られるのも癪な気がした。
「そうそう。この間、近所のペットショップに行ったんです。そしたら、羽根田さんの猫と同じ種類の猫がいて、それがもうかわいくて思わず買っちゃいそうになりました」
「飼うんですか?」
「いや、独り暮らしだしマンションがあれなんで」
「もしよければ、うちの猫を触りに来ませんか?」
「羽根田さんが嫌じゃなければ」
「全然、構いませんよ」
羽根田はそう言って、猫の動画を見せてくれた。ふうちゃんと猫を呼ぶ羽根田の声が入っている。紙袋の中に出たり入ったりして、手を出して玩具にじゃれついていた。
「あはは。かわいいですね。雄ですか?」
「分かりますか?」
成猫の大きさだったが、じゃれ方が子どもっぽく大雑把なので雄だと思った。目をつやつやさせながら獲物を狙う姿がいじらしくかわいかった。
それを見る羽根田の目も優しかった。
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