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「でも、安心しました。あの時、凄く顔色が悪かったんで、正直、俺も動揺してました」
「……すみません。ご迷惑をお掛けしました。閉じ込められたのが湊さんじゃなかったら、パニック発作を起こす所でした」
「もう、大丈夫?」
「はい」
運ばれてきた蕎麦に箸をつける。
「いつからなの?」
何気なく訊いてみた。一度、極限状態を見られた事もあってか、羽根田は変に誤魔化さず率直に話し始めた。
「……中学の時、体が皆より小さかったんです。それもあってイジメというか、からかわれる事が多くて、ある日、部室のロッカーに冗談で閉じ込められたんです。何度かそんな事があって慣れてはいたんですが、その日は何故か鍵が開かなくなってしまって、外に出られなくなったんです。すぐに友人が先生に知らせてくれたんですけど、中々開かなくて……一時間以上、中に閉じ込められました」
羽根田の箸が止まった。
「最初は大丈夫だったんですけど、時間が経過するとともに外に出られないんじゃないかという恐怖が襲ってきて、先生たちも声を掛けてくれるんですが、その声が焦っているのが分かるんです。その日は真夏日でロッカーの中は蒸し暑く、大量の汗を掻いていました。中は真っ暗で息苦しくて、段々気分が悪くなりました」
「それは怖いですね」
「ええ。外に出られた時には、重度の熱中症でほとんど意識がありませんでした。その後、病院に運ばれて命に別状はなかったんですが、それから閉鎖された空間……特に狭くて暗い場所がダメになりました」
自分にはそういった経験はなかったが分かるような気がした。恐怖というものはその深さや重みに種類があって、どの種類の恐怖も経験してみないと本質的な事は分からないものだ。
「閉じ込められた時、エレベーターには二度と乗れないと思ったんですけど、湊さんのおかげで大丈夫でした。ありがとうございます」
礼を言われるような事じゃないと手を振った。
しばらく当たり障りのない会話を続け、時計を見ると思いのほか時間が過ぎていた。慌てて蕎麦を食べ終え、じゃあまたと立ち上がった時、お互いの連絡先を知らない事に気づいた。
SNSのIDを交換して会計を済ませ、店を後にした。
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