504人が本棚に入れています
本棚に追加
「湊さん」
仕事を終えてビルのエントランスを出た所で後ろから声を掛けられた。振り返ると羽根田だった。
「もう、終わりですか?」
「そうだけど」
「この後、予定あります?」
「いや……」
何もないと答えると飲みに誘われた。特に断る理由もなかったので笑顔で答えた。
会社の最寄駅に近い雑居ビルの中にカジュアルなイタリアンを出す店があり、安くて美味しいのでと勧められた。その店は寺坂と何度か行った事があったが、それは黙っておいた。
「あれ? なんか日焼けしてません?」
「あ、そうなんです。先週末に彼女とテニスしてきたんです」
「いいなぁ。俺なんか彼女に無視されて、一人で寂しくペットショップに行きました」
「あはは。猫、まだいました?」
「なんか可哀想でね。飼ってあげたいんだけど、難しいかな……」
「そうなんですね」
店員からメニューを渡され、チープなワインと簡単なオードブルを注文する。プロシュートが好きだというのでチーズと一緒にそれも頼んだ。
「そうだ。今度、大学時代の友人に誘われて合コン行くんですけど、湊さんもどうですか? 湊さんイケメンだから女の子も喜ぶと思うんですが」
あからさまに断るのも悪いと思い、口ごもる。女には全く興味はないが、それを悟られるのは嫌だった。上手く擬態するのには慣れていたが、いつもながら面倒なやりとりだった。
「いや、合コンはいいよ。彼女いるし……って、羽根田さんも彼女いますよね?」
「あ、まぁ、そうなんですけど。ただの飲み会なんで軽いノリで来てもらえればなって」
「俺はいいや。彼女、嫉妬深いし、バレると色々と面倒なんで……」
「分かりました。……でも、湊さんって意外と真面目なんですね。それとも彼女の事が本当に好きなのかな……なんか羨ましいです」
「いや、ごちゃごちゃするのが嫌なだけで……まぁ、臆病なんですよ」
「あはは。でもなんとなく分かります。湊さんってクールなようで、実は凄く一途な感じがしますから」
隠しているつもりの女々しい内面を見透かされたような気がして、心がチクリと痛んだ。
自分は嫉妬深い人間だ。おまけに粘着質でもある。もし女だったら相当面倒くさいタイプになっていたはずだ。男同士の恋愛でどこか冷めた部分もあったが、本質的には誰かに強く愛されたい、必要とされたいと思うタイプの人間だった。
最初のコメントを投稿しよう!