「愛猫」谷崎トルク

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 月曜の夜、羽根田に声を掛けられ、飲みに誘われた。二人でこの間行った店の近くにある創作系の居酒屋まで足を伸ばした。  羽根田は新しいプロジェクトが遅々として進まず、派遣されたエンジニアとのコミュニケーション不足もあって残業続きで大変だと愚痴をこぼした。  羽根田の部署は金融や証券のシステムを開発する裁量労働制のエンジニア部隊なので、障害発生時には深夜や休日でも対応しなければならず、コンサル部隊の自分とは勤務形態が少し違った。  クライアントの要求を吸い上げ、システムの設計に入る前の細かい議論を重ね、出来上がったものを設計書に落とし込み、最終的な形にするのが自分の仕事だった。  簡単に言えば営業と基本設計までが俺の仕事で、そのシステムを開発するのが羽根田の仕事だ。 「ホント、疲れましたよ」  羽根田は青い顔で溜息をついた。 「ラマダンって何なんですか。派遣されてきたSEがイスラム圏の人なんですけど、明るい内は食事が取れないとかなんとか……意味分かんないっす」 「あはは。インド系も多いけど、イスラム系は大変そうだね」 「ですよ。カップ麺出しても豚の出汁だの、アルコールが添加されてるだの、食べられないものが多くて……いい人なんですけど本当に面倒くさいです」 「ラマダン用のシステム開発とかしたら売れるかな」 「冗談やめて下さいよ」  羽根田は炙り合鴨を箸でつつきながら愚痴った。 「プロジェクトの中で、タスクの分担が不明確になってて、誰がこのタスクをやるのかーって皆イライラしてますよ。ラマダンさんは自分の事で手いっぱいだし、派遣のSEに押しつけるわけにもいかないですし……」 「誰かがジョーカーを引くわけだ」 「ホント、湊さんも売れるものじゃなくて、現実的に作れるものを取って来て下さいよー。じゃないとこっちは阿鼻叫喚のリリース地獄です」  納期がまずくなると正常系のテストしか行わず、ひとまず上げておいて時間を稼ぎ、エラーリポートを見越して、それまでに異常系の作り込みを終えておく。滅多に使わない手段だが、そうなるとリリースで冷や汗を掻く事になる。正に綱渡りだ。
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