「愛猫」谷崎トルク

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「そうねぇ。新入社員の頃、私が大きなミスをした時、寺坂くんが庇ってくれた事があったわ。その頃の私は凄く生意気だったし、男なんかに負けないって気負ってた部分もあって……今思えば本当に恥ずかしいんだけど。でも、もしあのミスで梯子を外されてたら、私は今ここにいないし、寺坂くんには凄く感謝してる」    篠田はテーブルの上に肘をついて指を絡ませ、その上に顎を乗せた。 「二人は仲良いの? 確か……部署が違うはずだけど」 「地震のあった日、エレベーターに閉じ込められて、それからです」  場の空気を変えようと俺が答えた。篠田もあの事件を知っているはずだ。二人がエレベーターに閉じ込められ、扉が開いた瞬間、中から汗だくの羽根田が転がり出た事は社内でちょっとした話題になっていた。  寺坂はじっと黙り込んでいる。冷静を装ってはいたが、こめかみに汗を掻いているのが見えた。  この状況に酷く動揺している。  それが分かった瞬間、じわじわと怒りがわいてきた。自分は羽根田のように表向き責める事はしなかったが、無性に腹が立った。 「色んな出会いがあるのね」   しばらくすると羽根田は黙り込んで何も喋らなくなった。  表向きは穏やかだが、いつ爆発するか分からない危うさを抱えたまま、当たり障りのない会話を続け、それに耐え切れなくなった寺坂が先に帰った。  これ以上、ここにいても仕方がない。俺は寺坂を追い掛けるように店を出た。
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