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時計を見るといい時間だった。羽根田は少し待って下さいと言い残し、奥の部屋へ行った。
何気なく部屋を見回していると、リビングのテーブルの上に煙草が置いてあるのが目に入った。羽根田が煙草を吸っている姿は見た事がなかった。何かが引っ掛かった。
「羽根田って煙草吸うの?」
「いえ、吸いませんけど、気になります?」
「いや――」
気になったのは寺坂と同じ銘柄の煙草だからと気づいた。
篠田が吸うのか。随分、男前な煙草を吸うんだなと思ったが、寺坂との関係を暗に示唆しているようで気持ちが曇った。
羽根田と昼食を取りながら、心のどこかでそれが気になり、会話は上の空だった。
寺坂と篠田は、今は付き合ってなくても過去に関係があったのではないか――その疑念が新たに頭をもたげた。
あの親密な雰囲気を考えればそれが自然な気がした。どちらかが求めれば応えるような関係がずっとあったのではないかと、心の中に黒い染みがじわじわと広がった。
一度考えるとその妄想は消えず、二人が絡み合っている情景がリアルに浮かび上がってきた。あの店でどこか勝ち誇ったような微笑みを滲ませ、涼しい顔でカクテルを飲む篠田の白い喉が俺の心を苦く揺さぶった。
「どうかしました?」
「あ……いや」
目の前で冷たくなったパスタを、俺は意味もなく掻き混ぜた。
「羽根田はいい奴だよ」
「なんですか、突然」
「彼女と上手くいくといいな」
羽根田は少し赤くなって下を向いた。上手くいってくれ。そうでないと俺は……。自分の女々しさに嫌気がさしたが、恋人を他の誰かと共有するのは耐え切れないほどの屈辱だった。
寺坂を失いたくはない。あの声も体も何もかも俺のものだ。
午後の暖かな日差しが射すテラス席で、自分の後ろ暗い部分を全て晒された気がして、その清潔な光に耐え切れず目を伏せた。
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