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その関係が変わったのは二年目に入った夏の事だった。
直属の上司が海外に転勤になり、栄転の祝いと送別会を兼ねた飲み会が開かれた。上司と寺坂が同期だった事もあり、部署の違う寺坂も送別会に参加していた。
その日の俺は朝から体調が悪く、飲み会が終わる頃には酷く酔っ払っていた。
自宅が同じ方向だった寺坂とタクシーに乗って帰宅したが、気分が悪くなり途中で何度もタクシーを止めた。
自分だけ先に降りる予定のはずが、顔色が悪いと言われ、介抱されながら部屋まで送り届けてもらった。
――ずっときみの事が気になっていたんだ。
部屋の前でボソリと呟かれた。
最初は耳を疑ったが、よく知った店の名前を出され、そこで何度か俺の事を見たと言われた。
――もし俺でよければ付き合ってくれないか?
寺坂がお仲間だったとは正直驚いた。そんな雰囲気は微塵もなく何かの冗談かと思ったが、その顔は真剣だった。
もちろん誤魔化す事はできたが、突然の告白と酔っ払った気持ちの悪さで正常な判断ができなくなっていた。
もしその気があるなら来週末にその店で待っていて欲しいと言われ、俺は抗う事ができず、その店に行ってしまった。約束の時間を三時間近く過ぎて現れた俺を、寺坂は一言も責めなかった。
来てくれて嬉しいと笑顔で言われ、その瞬間、俺は完全に落ちた――。
鋭い目が柔らかくカーブを描き、薄い唇が品よく持ち上げられ、耳元で「きみは綺麗だ」と囁かれた。奥行きのある低い声に、俺の鼓膜と悪戯心が震えた。
――きみをもっと知りたい。
不意に隠された欲望の匂いがして、この男に甘えたいと思った。
今思えば全て寺坂の計算通りで、嗜虐的な男が好みなのも、俺が寺坂に気があるのも、分かった上での行動だったのだろう。
物欲しそうに見ていた視線にも気づいていたのかもしれない。
寺坂が俺の中にある欲望を引き出し、自分好みに作り変え、飼い馴らすまでにそれほど時間は掛からなかった。
けれど、そんな事はどうでもよかった。俺は寺坂に、寺坂が与えてくれる幸せな時間やその体に夢中になっていた。
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