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寺坂の相手は篠田ではなく、羽根田だった――。
どうしよう。
どうすればいいんだ。
思い返せばヒントはたくさんあった。
寺坂のアレルギー、あの日のテニス、イタリアンの店や煙草……、タクシーの中でしつこく掛かってきたあの電話は羽根田からだった。
急に自分の存在が滑稽なものに思えた。己の恋愛を成就させようと羽根田を必死で応援していたが、敵に塩を送っているだけだった。
完全にノンケを装った羽根田も見事だったが、それほど寺坂に本気だったのだろう。俺の誤解を知らず知らずの上で利用しながら、寺坂との愛を深めていった。
――湊さんも俺も一途なんですね。
羽根田の遠慮がちな微笑みが脳裏によみがえってくる。
俺は羽根田の事は嫌いではなかった。入社してから初めて心が許せた友人と言っても過言ではなかった。素直で心根の優しい、いい男だった。それなのに……。
目の前で茫然としている寺坂に激しい憤りを感じながらも、自分は負けたのだと、そう思った。完全に負けた……。
猫アレルギーであるにもかかわらず、羽根田の部屋に通った寺坂。猫を飼わせてもらえなかった自分。
完全に俺の負けだ。
寺坂は三匹の猫を飼いながら、それを好きにしていた。羽根田は多分まだ気づいていないだろう。これからどうしようかと思った。
答えだけはもらおう。いや、言わせなければならない。俺のためにも、羽根田のためにも――。
俺はとどめの一言を口にした。
「この猫、ふぅちゃんって言うんですよ、寺坂さん」
俺は寺坂を見下ろした。寺坂は青い顔のまま口元をぱくぱくさせた。
――羽根田、この男はやっぱり最低だよ。
心の中で呟いた後、自分の影にそっと目を落とした。黒い影は猫と寺坂を繋ぐように、一直線に繋がった。
(了)
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