「愛猫」谷崎トルク

4/36
前へ
/36ページ
次へ
 慌てて次の電車に乗り、駅を出て、会社までひたすら走った。  ビジネスマンやOLが行き交う通りの中で、慌ただしく走っているのは自分だけだったが、仕方がなかった。スーツに雨が跳ね返るのも構わず走った。  ようやくオフィスが入ったビルのエントランスが見え、ホッと胸を撫で下ろした。時計を見るとあと三分あった。これで間に合うなと思った時、目の前でエレベーターの扉が締まろうとしていた。 「すみません! ちょっと待って下さい」  朝の二の舞を演じたくないと思わず大きな声が出た。中にいた男性が慌てて開のボタンを押してくれた。  すみませんと頭を下げ、礼を言う。IDカードを見ると同じ会社の社員だった。部署は違うが何度か顔は見た事のある男だった。  ポケットからハンカチを出して濡れた顔や肩を拭く。あと少しでフロアに到着するなと何気なく表示を見上げた時、突然エレベーターが揺れた。小刻みに揺れた後、大きな揺れに変化し、エレベーターが止まった。 「地震ですかね……」  社員証に羽根田と記載のある男が怯えながら言った。手にしている紙袋をぎゅっと握りしめている。 「そうみたいですね」  エレベーターのボタンを幾つか押してみたが反応がない。緊急連絡ボタンを押し、しばらく待つ事にした。 「閉じ込められたのかな……」  男は青い顔で追いつめられたような顔をしている。その声が小さく震えていた。 「大丈夫ですよ。すぐに連絡がついて外に出られますから。揺れを感知して緊急停止しただけですよ」  あまりにも不安そうな顔をするので努めて明るく言った。男は外に連絡してみますと言い、スマホを取り出した。 「……繋がりません」 「本当ですか?」  慌てて自分も取り出し、同じ部署の社員に電話したが繋がらなかった。
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!

504人が本棚に入れています
本棚に追加