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「回線が混乱しているのかもしれませんね。しばらくしたら繋がりますよ」
基地局がなんらかの被害を受けた事も考えられたが、電源が喪失するほどの酷い揺れではなかった。落ち着いて待つ事にする。
「確か、通話、メール、SNSの中で、通話が一番繋がりにくいんですよね」
スマホで使える手段は全て使って今の状況を外に伝えた。SNSのメッセージを数件送った。
「少し待ってみましょう」
青くなっている男に声を掛けた。もう一度、緊急連絡ボタンを押したが反応がなかった。
「本当に大丈夫でしょうか?」
男がそう言った時、急に照明が消えた。
真っ暗になった後、薄暗い停電灯が点いた。非常用の電源は生きている。表情が分かるかどうかくらいの明るさだったが、ひとまず安堵した。
男に顔を向けると、大量の汗を掻いているのが分かった。顔色もはっきりとは分からないが、よくなさそうだ。
「大丈夫ですか?」
「……すみません。こういう閉鎖された空間が苦手で……本当にダメなんです」
確かに切羽詰った顔をしている。怖がり方が尋常ではなかった。
「パニックに……なりそうで……」
「すぐに外に出られます。安心して下さい」
そう言って慰めたが、あまり効果はないようだった。しきりに口元を手で押さえている。仕方がないのでフロアに座らせて背中を撫でてやった。
「すみません。ご迷惑を……」
「同じ会社ですよね。部署は――」
カードを見ると金融・証券ソリューション事業本部とあった。寺坂と同じ部署だ。
羽根田という名前を見てふと思い出した。去年、女子社員の間で噂になっていた新入社員が確かそんな名前だった。空港みたいな名前でイケメンの――と、あちらこちらで囁かれていたのを耳にした事がある。
確かによく見ると爽やかで整った顔をしている。小顔で手脚も長くスタイルもよかった。
「今年、二年目?」
羽根田は小さく頷いた。今年二十六歳になる自分より二つ下のようだ。気分が悪いのか軽く咳き込んだ。
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