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「……連絡、来ませんね」
羽根田は表示パネルを見上げた。電源は落ちたままだった。はぁはぁと息をついて苦しそうに胸を押さえている。
不意に羽根田のスマホが床に落ちた。拾い上げて渡そうとすると待ち受けが目に入った。
「かわいいですね。俺もこの画像欲しいな」
冗談で言ってみる。ふさふさとした高級そうな猫が映っていた。
「……これ、うちの猫なんです」
「へぇ、てっきりどこかのサイトから落としたのかと思いました」
その猫は薄いブルーの目をしていて、全身が白く長い毛で覆われ、顔の部分だけハチワレ模様のグレーをしていた。品のある佇まいに強い血統を感じた。
「なんて言う種類の猫ですか?」
「ラグドールって言います。ぬいぐるみって意味で、本当にぬいぐるみみたいに愛らしくて……かわいいんです」
「そうなんですね。俺も猫好きなんで分かります。どっちかっていうと、雑種が好きなんですけど。猫のいる生活っていいですよね」
「今、飼ってらっしゃるんですか?」
「いや、今はマンションだから飼えなくて……昔、実家で何匹か飼ってたんですけど。ああ、でも……こんな綺麗な猫じゃないですよ。目つきの悪い雑種です」
「そんな……猫は皆、かわいいですよ」
飼い猫の話をしたからなのか、羽根田は少し落ち着きを取り戻した。荒かった息遣いが徐々に緩くなる。
「それにしても綺麗な猫だ。触ったら気持ちよさそうだな」
「毛の中に指を入れると、小麦粉の中に手を入れたような感触になります」
「あー、分かります。毛じゃなくて粉の柔らかさなんですよね。長毛種は」
「はい」
しばらく猫の話を続けたが、やがて会話は途切れた。外から連絡が来る気配もなく、次第に不安になってきた。それを悟られないように軽く欠伸をしてみたが、羽根田は苦しそうに呼吸を続けている。
「大丈夫ですか?」
「……すみません」
「エレベーターの中は窒息しないシステムになってますし、不用意に扉が開いたり落ちたりはしないんで安心して下さい」
慰めになるかどうかは分からなかったが、黙っているよりはいいと思い、言葉を繋いだ。
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