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「大変だったんだって?」
ベッドの上で煙草を吸いながら寺坂が言った。
横になっている汗だくの上半身に甘えるように腕を絡ませると、煙草とは反対の手で優しく髪を撫でられた。
「寺坂さんが早めに起こしてくれたら、閉じ込められなかったのに」
「八つ当たりするな。寝過ごしたおまえが悪いだろ」
あの日、寺坂は出張だからと朝一番の新幹線に乗るため部屋を出ていった。いつもなら起こしてもらえるが、残された俺は寝過ごし、あのアクシデントに巻き込まれた。
「途中で電話してくれてもいいのに」
「どれだけ甘えるんだ。仕方のない奴だな」
寺坂の吐き出した煙を手で払った。
「寺坂さんがいないと俺、何もできないもん」
「ふざけるな」
寺坂は煙草をサイドテーブルの上にある灰皿に押しつけた。その手を取って顔を近づけ唇に軽くキスした。
「あのさ、猫飼ってもいい?」
あのエレベーターの中で羽根田の猫を見て以来、再び猫を飼いたいと思うようになっていた。
何度かペットショップにも足を運んだ。羽根田の猫と同じ種類のラグドールを発見し、ガラス越しに顔を近づけると目が合った。そのかわいさに惚れ込んだ。
「ダメだ」
「どうして?」
「俺が猫嫌いなの知ってるだろう。動物の中で、猫が一番嫌いなんだよ」
「ここ、俺の部屋なんだけど」
「猫飼うならもう来ないぞ」
「酷いなぁ……」
ずっと猫を飼いたかったが、寺坂の猫嫌いのせいで飼えなかった。マンションは規則が厳しいが申請さえすれば猫を飼う事は可能だった。
「猫はおまえだけでいいんだよ」
不意に抱き寄せられ、キスされる。煙草の味がした。
「俺の飼い猫はおまえだけだ」
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