第1章 アヴェルというもの

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「ひぃっ…」 サッカーボール程もありそうな鼻先と俺の顔との距離はおよそ3センチ。 このまま頭に噛み付かれたら、間違いなく俺の命はない。 スンッと大きく息を吸って、熊はこちらを見つめた。 『…まさかと思ったが、お前アヴェルか。』 熊は怯えている俺から顔を離し、静かにそう問うた。 「ア、ヴェル…?何それ…」 引きつった顔と震えた声のまま、熊に言葉を返す。 何故自分は熊と喋れているのか、 アヴェルとは一体なんなのか、 俺には全く分からなかった。 『お前は、この世界とは違う世界から来たのか』 「そ、うだけけど。」 そう答えると熊はすっと息を飲んだ。 そして地面についていた前足を離し二本立ちになって、深々と頭を下げたのだった。 『ーー飛んだご無礼を。アヴェル様。』 「…は?」 何が何だか朝日には分からなかった。 さっきまであんなに怒鳴っていた熊が深々と頭を下げている。 それを見た朝日の心を覆っていた恐怖心はすっかり消えて、あるのは困惑。 頭にはたくさんのハテナマークだ。 『洞窟に入ってきたのが、アヴェル様とは知らず、飛んだご無礼を…』 「ちょ、ちょっとまって! 何が何だかわからないよ! 俺は確かにこの世界から来た人間じゃないけど、アヴェルなんてそんなもの聞いたことないよ!?」 『まだお分かりになられていないのですね。しかし、私と話ができていることが何よりの証拠。 アヴェルとは、この世界の言葉で“光”という意味。 ーーほら、夜が長く続いたこの世界に朝がやってきましたよ。』 外に目を向けると、登ってきた太陽。 まだ薄暗い空だけど、朝がやってくる。 それは確実に光だった。 「…良かったら、説明してもらってもいいかな。」 警戒心をすっかり忘れた朝日は、心にある困惑を携えてそう微笑んだ。
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