同居入院、開始

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誰もいない、休日の診察室。 採血用の医療器具の準備をする雪洋を眺める。 雪洋はマスクとスクラブ白衣に身を包んでいた。 「やることがちょっと多いですが……採血と尿検査とレントゲン。あと生検をします」 「セーケン?」 「生体検査のことです。紫斑の組織を少し取りますね」 「……結果、何も出ないかも知れませんね」 また「異常無し」と言われるかも知れない。 美咲には、あきらめることによって心を防御する癖がついていた。そしてそれは、美咲の表情を卑屈にさせる。 「たとえ結果が異常無しでも、出ていけなんて言いませんから。安心してください」 はい、と返事をした美咲だったが、顔はうつむいたままだった。 そこまでやって何も出なかったら―― それを思うと途方に暮れるしかない。 病気でも何でもいい。 とにかくこの変な体質の正体を知りたい。 診察台に横たわる。 足に麻酔を打つ雪洋をぼんやりと眺める。 美咲には気になることがあった。 「あの、高坂総合病院って先生と関係あるんですか? 名前、同じ『高坂』って……」 ああ、と雪洋が眉を上げた。 きっとよく聞かれる質問なのだろう。 「身内がやってる病院ですよ。祖父の兄が開業し、今は父が継いでいます」 雪洋は麻酔を打った足を見つめたまま答えた。 「先生はどうして高坂総合病院じゃなくてこの医院に?」 「それもよく聞かれますけど、どうしてもあちらに行かなければいけませんか?」 雪洋が笑う。 その笑い顔が、作り笑いのようにも見えた。 「あちらは兄が継ぎます。ここは私の祖父が建てた医院でした。閉鎖するというので私が継いだまでです。祖父のことは尊敬していましたし、改築の費用も出してやると言うのでね」 雪洋がまた笑う。 今度は自然な笑顔に見えた。 「天野さんをここにおいて改善させようというのも、祖父の教えがなければ思いもしなかったでしょうね」 「じゃあ私、先生のおじい様に感謝しなきゃ」 「直接祖父に診せられればいいんですけど、もう他界してしまいましたから」 そうなんですか、と相槌を打ちながら、もう一つ気になることがあった。 「あの……」 「何ですか?」 「勘違いだったらごめんなさい。先生前に、高坂総合病院にいらっしゃいました?」 白衣を着た姿、はっきり記憶しているわけではない。だが高坂という名字と病院名の組み合わせは、数年前にも見たような、そんな気がしないでもない。こうさか医院で初めてネームプレートを見たときの違和感のような既視感のような、あの感覚が。 雪洋はほんの少し目を細めたが、マスクをした顔では表情を読み取れない。 「――足、触られている感覚ありますか?」 「え? いえ、全然」 「麻酔が効いてきたようですね。じゃあ始めましょうか」 無視されたのだろうか。 しつこく尋ねて怒らせただろうか。 雪洋の声音は普段と変わらない。 「高坂総合病院にいたことはありませんよ。私はずっとこの医院にいましたから」 微笑んでいる目も、今までと変わりなく見える。 「そうですか……。やっぱり私の勘違いかな」 色々と聞きたいこともあったが、これ以上は聞いてはいけない気がして、美咲は黙っていた。 「ああ、そうそう。診断書を書いてあげますから、会社に出してくださいね。検査結果がまだなので診断名は適当につけますよ。自宅療養は……そうですね、半年くらいにして、後は経過見ながら追加しましょうか」 何の話かとぼーっと聞いていたが、「自宅療養」「半年」の言葉で我に返る。 「半年っ? そんなの休みすぎ――」 「まさか」 凛とした声が遮る。 「この期に及んで仕事があるからとか言いませんよね? 天野さん、この水泡になっている紫斑、崩れたらきっとひどい潰瘍になりますよ」 にっこり笑う目がかえって怖い。 診断書が出るなら休みは取れるだろう。 しかし休めばその間の仕事はどうなるのか。 結局は自分に返ってくるのではないか? 「……一週間でお願いします」 「それじゃ療養したことになりませんよ。じゃあ三ヶ月にしましょう」 「先生、本当にそんなに必要なんですか? せめて二週間で……」 雪洋が目だけを動かして美咲をにらみ、呆れたようにため息をついた。 「一ヶ月にしましょう。これ以上はまけませんよ」
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