同居入院、開始

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木々の葉が濃い緑に輝いている。 外は七月の太陽がまぶしそうだ。 この家での生活もだいぶ慣れてきた。 医院を開ける時間になると、雪洋は渡り廊下を通って診察へ行き、美咲は一人になる。 本を読みたければ本を読み、眠くなれば眠った。 こんなにのんびりしていいのだろうか。 夜中に目が覚めてしまうほど体はまだ痛むが、雪洋が徹底して美咲を安静にさせてくれるから、環境は快適に尽きた。 基本的に立ち上がることは禁止。 一日の大半をベッドで過ごす。 一週間もすると体の痛みはかなり引いたが、その後も美咲は安静を強いられた。 「――こら」 声がして反射的に目を開けると、雪洋がのぞき込んでいた。 慌てて体を起こす。 まぶしい七月の太陽はいつの間にか姿を隠し、家の中は薄暗くなっていた。 「あれ? 先生? ……お帰りなさい」 「お帰りじゃありません。ソファーなんかで寝て。まさか家の中を歩きまわっていたんじゃないでしょうね」 「やー、はは……。退屈だからちょっとテレビでも見ようかなって思って……」 「日が傾いたのに何も掛けずにうたた寝して。――失礼」 雪洋が両手を伸ばし、Tシャツから出ている左右の二の腕を包み込んできた。 「あったかーい、先生の手」 「違います。あなたの体が冷えたんです。冷えは体によくありませんよ。さ、ベッドに行きましょうか」 「先生、痛みはだいぶ引いたのに、何でまだベッドで生活しなきゃいけないんですか?」 「調子に乗ってはいけませんよ。あなたにはまだまだ安静が必要なんです。退屈なら何か本でも買ってきてあげましょうか?」 「うーん、本もいいけど、先生とお話してる方がいいかな」 おだてでもなんでもなく、雪洋との会話は好きだった。体について質問すれば、いつも懇切丁寧に説明してくれる。知的欲求を満たしてくれたし、それによって安心も生まれた。 ふと気付くと、雪洋は軽く眉を上げて、ごくわずかに驚いたような表情をしていた。 「……先生、もしかして照れてるんですか? わかりづらいですけど」 「わかりづらいだなんて、瀬名先生みたいなことを言わないでください」 一気に苦虫を噛み潰したような顔になった。 瀬名というのは、ここへの転院を勧めた高坂総合病院の皮膚科医のことだろう。雪洋とは知り合いらしい。 「瀬名先生にもわかりづらいって言われるんですか?」 「その話はいいです。あの人は私をからかって遊ぶのが好きなんですよ」 わずかに眉を寄せた表情を見ていると、あまり瀬名のことが得意ではないようだ。 「じゃあ先生、安静にするとどういう風にこの体にいいんですか?」 「百聞より一見の方がいいでしょう。失礼」 雪洋が美咲のパジャマの裾をまくった。 「あれっ、紫斑……目立たなくなってる」 あんなに真っ赤だった紫斑の色はくすみ、大きさもかなり小さくなっていた。ホクロのように黒い点になっているものもある。 「ああ、いいですね」 雪洋も満足そうに微笑んだ。 「安静にしなさいと言った意味がわかってもらえましたか? 立ちっぱなし座りっぱなしは紫斑が悪化しますけど、足を高くして横になれば紫斑は消えていきます」 正直、ここまでとは美咲も思っていなかった。まだ薄く残ってはいるものの、自分の足に見惚れる。 「薬を増やすよりも、一時間でも多く寝た方が体にはいいんですよ」 「でも会社勤めしてると、なかなかそうはいかないんですよね」 そんなのんきじゃないのだ、と異議を申し立てると、 「だから会社辞めたらいいのに」 すぐに返り討ちにされてしまった。
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