提案

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翌日。 高坂総合病院―― 五年前、最後に訪れた因縁の病院。 「何が評判の皮膚科だ」 異常だらけのこの手を見ても「異常無し」としか言わなかったくせに。 恨み辛みを胸に抱きながら、美咲は痛みで苦労しながら車を降りた。足を引きずって歩きだすが、すぐ止まる。足の裏と関節、それに全身の筋肉が痛みに襲われていた。 息を整え、美咲は再び足を引きずって歩き出した。 「天野美咲さん?」 「はい」 皮膚科診察室の主は、座っていながら長身を思わせるひょろりとした体つきで、シルバーの細いフレームのメガネをしていた。 年は四十代前半といったところか。 胸元のネームプレートには「高坂総合病院 皮膚科部長 瀬名邦彦」とある。 「君が天野美咲さんか」 瀬名は笑みを浮かべ、メガネを指で押し上げた。目の前に座る美咲をレンズ越しにまじまじと眺める様は、楽しんでいるようにも見える。 「君が」と強調し、こんなに凝視される覚えはない。 「あの、何か」 「いや失礼。天野さんは前にもここを受診したことがあるのかな?」 「五年前に一度……」 瀬名は五年前に「異常無し」と言った医者ではない。顔はまったく覚えてないが、あの時の医者はこんなに長身ではなかったし、もっと若かった気がする。 「そっか五年前か。今日は……紫斑だね? じゃ、足見せてくれる?」 受付で書いた問診票を見ながら瀬名が言った。 ジーンズの裾を左右膝までまくり上げると、瀬名がメガネを指で押し上げた。何も言わずに足を見つめて、再び問診票に目を通す。 「天野さん、特発性色素性紫斑って前の病院で言われたみたいだけど、何か検査はしたの?」 「いえ、お医者さんが一目見てすぐに……。違うんですか?」 美咲は眉をひそめた。 こっちは一ヶ月も真面目に処置していたというのに。 「うん、検査はした方がいい。それでね、天野さんにはまたご足労かけちゃうんだけど、一つ提案があるんです」 ご足労と聞いて内容を聞く前にうんざりする。体は泣くほど痛いし、診察室に呼ばれるまで散々待たされて疲れ果てていた。 「僕の知り合いがやってる病院に紹介するから、そこに行ってもらえないかな。天野さんの住所見るとすっごい近くなんだけど。『こうさか医院』って知らない?」 「さあ。引っ越して何年も経ってないのでよくわかりません」 辟易している美咲を見て取り、瀬名は穏やかに語り始めた。 「色んな病院をまわって嫌になったよね。でも僕が言うのもおかしいけど、うちの病院にわざわざ通うよりは、その医院でじっくり診てもらった方がいいと思う。地理的なことだけじゃなく治療の面でもね。小さな医院だけど、優秀な医者だから大丈夫」 無意識に深いため息が出た。 この体でまた歩くのかと。 それに紫斑のことだって、検査をしたところでどうせまた「原因不明」とか「異常無し」と言われるに決まってる。 「……わかりました。行ってみます」 決して乗り気ではない返事をする。 「よかった。じゃ、明日すぐ行ってくれる?」 「明日……っ、ですか? でも、しご……」 「まさか仕事?」 明日は土曜で休みだったが、今日の遅れた分を少しやっておこうと出勤するつもりだった。 「仕事なんて言ってる場合じゃないよ。紫斑もだけど、このこじれた傷も、やることやらないと悪化してもっと痛い思いするよ?」 何言ってるのそもそもあなたたち医者が一人一人もっときちんとやってくれればこんな思いしなくて済んだのよ冗談じゃない冗談じゃない冗談じゃないのよふざけんな。 「それでね、さっきこうさか医院の先生に話したら、明日の午後二時に来てほしいそうだよ」 さっき? 呆れた。 診察する前から転院させる腹だったのか。 初めから診察する気などなかったんじゃないか。 何が評判の皮膚科だ。 ここの医者は昔からろくに診てくれないじゃないか。 「わかりました。二時に伺います」 「うん、必ず明日受診してね」 険のある声で答えてやったのだが、瀬名はなぜか楽しそうな声だった。
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