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高坂雪洋が教えてくれたこと。
治るか治らないか――ではない。
治らないと言われたらそこで終わり――でもない。
丘の上で、左手を太陽にかざす。
螺旋の指輪が、薬指で光を受けた。
「美咲はこれからどうしたいんですか?」
隣で雪洋が美咲を見下ろす。
図書館の契約更新は、やはりならなかった。
決して持病が原因ではない。
沢村は他言しなかったし、むしろ最後まで美咲を気遣ってくれた。美咲の指輪が薬指に移ったのを見て、おめでとう、と笑ってくれた。
沢村には感謝してもしつくせない。
「どうしたいか……ですか」
指輪をなでながら考える。
「何かやりたいこと、ないんですか?」
「うーん……。先生は?」
「私はありますよ」
「えっ、なんですか?」
「気持ちとタイミングが合うなら、結婚したいと思っていますが。どうですか?」
「結婚!? ――って、私と?」
「当たり前でしょう。他に誰がいるんです」
「……先生って意外とストレートに愛を伝えますよね」
「意外ですか? 私はここに指輪をはめた時からそのつもりでしたけど?」
美咲の左手を取り、薬指の指輪に触れる。
私、今、先生からプロポーズされてる――
自覚した途端に、顔が熱くなる。
やれやれと眉を上げて見下ろす雪洋に、美咲は慌てて口を開いた。
「えっ、あの、じゃあ、先生のご両親にご挨拶しないと! こういうときって何着たら……。あっ、うちの親のお墓と、あと姉夫婦にも……」
雪洋が目を細めて笑っている。
「良かった。美咲の中ではもう結婚準備が始まっていますね」
こんなふうに、二人で将来の話をするなんて。
「……そうですよね。やりたいこと、やらなくちゃいけませんよね。せっかく白い道が続いているんだもの」
「そうですよ。美咲の好きなように生きなさい」
こんなふうに、未来に希望が持てるようになるなんて。
「でも結婚を保留にだけはしないでくださいよ。美咲はいつも――」
「はい、先生。わかってます」
雪洋の愚痴を止める。
「これからもよろしくお願いします。――病める時も、健やかなる時も」
空を見上げると、真っ青な空に、真っ白な飛行機雲が走っていった。
これから二人で歩んでゆく、長く白い道のように。
――fin.――
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