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「あれ受賞したの、唯花と高田くんだけだもんねえ」
筆をキャンバスに置いた瞬間、絵の具が思ったより濃くついた。内心驚きながら、慌てて色を伸ばしていく。
「やっぱ高田くんも上手いわあ。憧れる」
「・・・そうだね」
香織に返した声は酷く冷静だったが、密かに焦っていた。これはいけない。何か色を重ねようかな。
「唯花は、明日の朝も描きに来るの?」
「え?うん」
「やっぱそうでもしなきゃ、上手い絵なんて描けないのかな」
「そんなことないよ。私が、下手なだけ」
自分で言いながら、自分の「下手」という言葉が突き刺さる。本来、美術部は朝に活動していない。それを、私が彼を上回る絵を描きたいがために美術室を開けてもらって描いているのだ。こうまでしないと・・・こうまでしても、彼を上回れないのかもしれない。
「まあ、私には真似できないけどね」
そう言う香織に、「うん、香織のペースでいいと思うよ」と笑った。
『別に、選ばれたいわけじゃなかったから』
『やっぱ高田くんも上手いわあ』
頭をぐるぐると回る、言葉。私には、どうしても許せなかった。美術部に籍を置いていながら、部員らしくない彼より評価されないことが。
時刻は午前7時。空は眩しいほど晴れていて、手にしたペインティングナイフはキラキラと輝いていた。
──ガリ、ガリ。
向かい合ったキャンバスは彩られていく。燃えるような紅葉。水辺に映した快晴。
『別に、教えるほどのものでもないですよ』
何も考えたくなかった。考えてはいけない。そう本能が言っていた。それなのに言葉は回る。目の前にちらつく、夜の町。街灯。レンガの赤茶。考えてはいけない。考えてはいけない。考えてはいけない。
『憧れる』
──ベチャッ。
その瞬間、はっとした。手にはバケツ。目の前のキャンバスには、ベッタリと朱色の絵の具がついていた。
「──やだ」
私は、ガリガリとナイフで表面を削った。この朱色の下には、紅葉と水面と空があるはずだった。衝動的に、バケツの中にあった絵の具を、制作途中の絵にかけてしまうなんて。いや、上からまた絵の具を重ねれば、なんとかなる。きっと──。
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