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「……ない」
何気ない問に返された言葉に私はどう返していいのか迷った。名前がないなんておかしい。
「……紫とか、紫苑とか勝手に呼ばれてた」
「むらさき? しおん? 名前ではないの?」
「うん。違う」
そう言った彼女の横顔は寂しそうに見えた。彼女に取っては紫も紫苑も名前ではないのだろうか。でも、また会うのならば呼び名位は知りたい。
「どう呼ばれたい?」
私の言葉は別に変ではないと思う。本当の名前を知らなくても、渾名だけ知っている子は沢山居ると思う。
彼女は少し考えてから、ぽつりと言った。
「紫苑でいい」
僅かに違和感を感じたけれど、私はそれがどういう事なのか全然解らなかった。紫苑と言う呼び名を望んだ小柄な綺麗な女の子は私を一瞬振り返って、そのまま夕暮れの道を歩いていってしまった。
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