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「智樹くん、待ってたよ。最近、どうして会ってくれないの。冷たい。前はあんなに優しかったのに。」  友人たちは怪訝そうに俺を見ている。そこへ一人の女が近寄って来た。 「ちょっとあなた。智樹さんに付きまとうの止めて下さる?あなたは智樹さんが好きかもしれないけれど、迷惑なのよ。今まで隠していたけれど、私と智樹さんは、私が大学を卒業したら結婚する事になっているの。本人同士も家族も認めた仲なの。これ以上つきまとうようなら警察呼ぶわよ。」  そう言って、俺の腕に自分の腕をからめてきた。この勝ち気な女が親友の妹の真美だった。  その後もしばらく男は俺の周りをうろちょろしていたが、真美が俺の近くにいる時は近づかなくなり、そのうち姿も見せなくなった。 「真美、本当に助かった。恩にきる。」  礼を言うと、真美はこう切り出した。 「実は私も少し困っていて、お互い様なのよ。」  どういう事か分からず問いただすと、悪びれもせず言った。 「私、好きな人がいるの。でも、その人とは結婚できないの。でも、このまま恋人のいないふりをつづけると、見合い話が湧いてきて困るの。そこへ来て、智樹さんは何やら複雑な事情がお有りみたいだし、私の恋人役としては、家柄的にもピッタリなのよ。形だけの恋人のふりをしてくれればいいの。智樹さんも損は無いでしょ。恩は言葉でなくて、形で返して。ね。」  話を聞いてあきれたが、お互い様と恋人のふりを了承した。  その後、俺は社会人に、真美は大学四年になった。時折、真美の買い物に付き合ったりして、恋人のふりを続けていた。すると真美は大学卒業間際になって、妊娠したというのだ。俺は結婚できない相手の子供など降ろせと言ったが、真美は首を縦に振らなかった。それどころか、俺と結婚したいと言い出した。突拍子もない事に俺は戸惑った。
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