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 そんな矢先、事件は起きた。  久しぶりの休みを利用して、春樹を遊園地に連れて行ってやろうと思っていた。真美もゆっくりさせてやろうと実家に帰し、いざ、二人で出掛けようとした時、会社から呼び出された。仕方なく家政婦に春樹を任せて会社に行くと、数時間後、パニックに陥った真美から連絡があった。春樹が誘拐されたと・・・。  その後、警察の捜査によって、家政婦の夫婦が犯人だと分かったが、事態は好転しなかった。犯人が事故で死亡してしまったからだ。犯人の自宅やその周辺、友人知人に渡るまで、徹底的に調べられたが、春樹の行方は杳として知れなかった。  真美は誘拐の直後から、イライラして怒鳴り散らしたり物を壊したりした。俺は慰める術もなく見守る事しか出来なかった。そんな態度が、真美の感情を逆撫でする結果となり、日々怒鳴り、罵るようになってしまった。 「春樹の行方が知れないのに、どうしてそんなに冷静なの。自分の子供じゃないから、平気なのね。この薄情者!」  俺だって平気では無かった。血のつながりは無くとも、春樹を可愛いと思った。本当の父親が自分の子供だから返せと言ってきたとしても、絶対に渡せないと言い切れるくらいに愛していた。しかし、男は女のようにヒステリックに泣きわめく術を持たない。現状を把握し、今持てる自分の全てで春樹を探すしか無かった。  結局、春樹は見つからず、真美は心を病んでしまった。義母が真美の面倒を看たいと申し出て実家に連れ帰ると、さほど時を置かずしてお互いの両親から離婚の話が持ち上がった。真美の精神状態が回復してからと訴えたが、真美の意向だと聞かされ、結局俺は同意した。
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