第1章

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あの日の約束を君は覚えているだろうか? 皺くちゃになった手で定員1名の球体の側面をそっと撫でる。 白衣を脱ぎ捨て流行の服に着替える。 一字一句間違えることなく暗唱出来るほど何度も読み返した古い日記帳。 僕の字を見るたびに『ミミズが這ったみたい』と笑う君の笑顔までも鮮明に思い出す。 結局言えなかった言葉をあの日に戻って君に伝えなければ。 球体の扉を開き、中に体を沈める。 決して座り心地が良いとは言えないが、君を思えばこれくらいなんてことはない。 内側からドアを閉めると、閉塞感に襲われる。 ドクン。ドクン。と脈打つ鼓動。 目の前に並ぶ沢山のボタン。 狭い球体の中の限られたスペースに飾られた白黒写真。 あの時は菜の花の黄色が本当に鮮やかだった。 もうすぐ。もうすぐ君に・・・ そっと写真に触れる。 コンコンと球体の外側を叩く音がして扉が開く。 「太吉さん」 優しい声が僕を呼ぶ。 「またこんな所に潜り込んで。そろそろお昼にしましょうか?」 扉が完全に開いて愛しい人が微笑み立っていた。 「もうそんな時間?」 「まぁ。太吉さん。基人さんのお洋服また着て。怒られちゃいますよ」 「君が基人に内緒にしてくれれば分かりはしないよ」 「まぁまぁ。それじゃあ二人の秘密ですね」 ウフフと君は笑う。 「ところで太吉さん?これなんですか?」 「これですか?タイムマシーンです」 「タイムマシーン?あらまぁ。素敵ですね」 「でしょう?だから今から菜の花畑の君に逢いに行こうと思って」 「基人さんのお洋服なんて来てたら私太吉さんだって気付かないかもしれないですよ?」 少しでも恰好よく見せたかったんだけどな。 「でも・・・今の太吉さんを見たらあの時の私がまた太吉さんを好きになってしまうでしょうね。 困っちゃいましたね。太吉さんを昔の私に取られちゃったらどうしましょ」 さっきまで微笑んでいた君の顔が曇った。 「そこまで考えていなかったよ。 タイムマシーンで菜の花畑でちゃんとプロポーズする約束を果たしたかったんだけどね」 「あら?太吉さん覚えててくれたんですか? それじゃあ、菜の花が咲くころ二人で行きましょうね」 あれから50年。 君はあの頃と変わらない笑顔で僕の手を取り微笑んだ。
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