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「心、彼方、おいで」
父はいつも、陽に焼けた腕を広げて私達を呼び、
右手で心を、左手で私を、その大きな胸に抱き止めた。
たまに心と示し合わせて、二人で左右逆から抱きつくと、
ぎゅっと私達を抱きしめ頬ずりした後で、ニヤリと笑う。
「彼方、心、逆だろ?」
私達は、一度も父を騙せたことがなかった。
「ねえねえお父さん、何でわかるの?」
「そんなの目をつぶってたって解るさ。
いや、つぶってるほうが解るかな。
心は心、彼方は彼方だからね」
貝の養殖に携わる父の一番の家族サービスは、潮干狩り。
試験場のある浜辺が、職員の家族に解放される数日間、幼い私達は毎年大ハシャギした。
潮の引いた浜で、オモチャの小さな熊手を握り砂を掻く私達を、目を細めて眺める父。
「あった!! あったよお父さん!
これは何ていう貝?」
「お、心、見つけたかい?
アサリだよ。美味しい貝だ。今年は成長が早いな」
「あ! 私も見つけた!
これは何ていう貝?」
「彼方も見つけたか。それもアサリだよ」
「えー? 心の貝と全然もようが違うよ」
「ははは、アサリのもようは一個一個、みんな違うんだ」
「おんなじアサリなのに?」
「人間だって、一人一人みんな違うだろう?」
好奇心旺盛な心が、父に尋ねた。
「私と彼方みたいに、おんなじ顔のはないの?」
「見てごらん。ひとつのアサリは二枚の貝殻でできてるだろ?
その二枚は、お前達みたいに双子だ。左右対称、鏡映しだけどね」
「あ、ホントだ! そっくり!」
「動物は、見かけが左右対称にできてるものが多いからね。
でもアサリは、左右でまったくもようの違うのもあるんだよ」
父はそう言って、掘り出した貝を入れたザルを掻き回した。
「ほら、あった」
たくさんの華やかな幾何学もようのアサリの中から、父が取り出したのは、
シンプルな白っぽい一個。
二人で覗き込む。
「あ、ホントだ!
こっちにだけ、縞もようが入ってる」
「トツゼンヘンイ、とかじゃないの?」
「お、彼方は難しい言葉を知ってるな。
だけどこれはね、突然変異じゃなくて遺伝だって言われてる」
「イデン?」
「生まれつき、親から受け継がれてる、ってこと。
左右のもようが違うアサリがいるのは、自然なことなんだよ」
父はまた、私達を右腕と左腕で抱きしめる。
「心と彼方も、そっくりだけど別々の心と彼方だ。
二人とも、お父さんお母さんの宝物だよ」
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