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中学を卒業後、心はそのまま、自宅から通える地元の公立高校に進学した。
私は全寮制の芸術専門学校に進学し、家を出た。
絵を描きたかったこともあるが、正直なところ、
あの家にいるとどんどん自分が醜くなる気がして、逃げ出したのだ。
あの家から離れることで、すべてのしがらみから解放されて楽になるような、
そんな気がして。
そして卒業後もそのまま私は家には戻らず、
漫画家のアシスタントや雑誌の挿し絵イラストで、細々と食いつないでいた。
心は地元の大学に進み、卒業後は大手の出版社に勤め、バリバリ仕事しているらしいが、
相変わらず自宅住まいで、二時間かけて通勤している。
私はほとんど家には帰らなかった。
たまに電話し合うくらいの、疎遠と言えば疎遠な双子。
しかしこの距離を保つことが、自分の中にくすぶる心への嫉妬や羨望を封じ込める、一番の手段だと、
そう思っていた。
そうしてそのまま、せわしなく月日は流れて。
「彼方! 急だけど私、結婚することになった。
実はデキちゃった婚なんだけどさ」
心からの久しぶりの電話。
「来週、結納なの。帰っておいでよ」
三十歳の夏、私は久しぶりに帰省した。
「お帰り、彼方」
「お帰り、彼方」
父も母も、少々老けたけれど変わらない。
この家の匂いも、空気も、相変わらずあの頃のままだ。
そして私も、未だに変われないでいる。
ここに帰るたび、それを思い知るのだ。
未だに、幼い頃のちっぽけな呪縛から逃れられない、情けない自分を。
「……ただいま。心は?」
「部屋を片付けてるわよ。
明日あちらのご両親に見られたらみっともないから、って」
母が笑って、二階を指差した。
階段を上がって右側の部屋が心、左側が私。
めったに帰らないのに、私の部屋は未だにそのままだ。
「心、今さら片付けたって、バレバレじゃないの?」
「わ、びっくりした!
彼方、お帰り。このたびはお忙しいところ、どうもどうも」
「どうもどうもじゃないわよ。いきなり結納とか、デキちゃった婚とか」
「えへへ」
心も相変わらずで、お相手との馴れ初めから今日までの成り行きを、聞きもしないのに事細かに報告してくれた。
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