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あれから五年後。
私は今、この家に帰って来ている。
絵本作家として、名指しの仕事も少しずつ入って来るようになった。
心は、息子が一歳になると早々に仕事に復帰し、相変わらず忙しそうであまり会うこともないが、
なぜかいつもそばにいるような空気を感じている。
初めてできた甥っ子という存在。その一歳の誕生日に、他にできることもなくて、とりあえず描いてやった一枚の絵。
それを見て、
『絵本をやってみれば?』
そう言ったのが心で。
それ以来ずっと、絵本の仕事が一番の中心になっているからかもしれない。
文章は、読むのは好きだったが書いたことはなかったし、
仕事として描いていたイラストは、いつも編集者に言われていた。
『綺麗なんだけど、なんか無機質なんだよね。心が感じられない、っていうか。
まあスタイリッシュな製品の挿し絵にはいいんだけどさ』
背景や部分的な挿し絵ならともかく、そんな私が絵本を創れるなんて、思えるはずがなかったのだけれど。
父と母は、
「最近ますます心と彼方は似てきた」
と笑う。
左右でもようの違うアサリでも、必ず蝶番でくっついていて、
生きている限り、それは変わらない。
変わらない父と母。
変わらないこの家。
私達二人の、蝶番。
変わったのは、私の気持ちだけなのかもしれない。
素直にそう思えるようになった私は、
やっぱり少しは心に似てきたのだろう。
「彼方ー! 心が迎えに来たわよ」
階下から母が呼ぶ。
「はーい」
うわの空の返事をしながら、私はこれから開かれる出版記念パーティの、挨拶の台詞を考えている。
初めての、創作絵本。
出版社は、心の勤務先。
文も絵も自作の絵本なんて大それたことは、考えてもいなかったのに。
二歳の誕生祝いに贈った、物語付きの手描きの紙芝居を見るなり、
可愛い息子からそれを取り上げて自社に持ち込んだのは、心だ。
「彼方の素性は明かしてないし、児童書の担当に『手付かずの素人の作品』って渡しただけよ。
何の情実もないから」
それでも、商品化されると決まった時、
企画書を握りしめて、目を真っ赤にして私に抱きついたのは、心だった。
「私の見る目も案外、伊達じゃないでしょ?
畑違いの児童書だけど、私だって一応これでもこの道十五年のプロなんだから!」
「なんか、夢みたい。ありがとう、心のおかげ」
「お、素直じゃん。よしよし」
「ふふ」
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