第六章 最後の戦い

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 強い、とハインリッヒは思った。 「速い、しかも正確だ」 「ヴェルザリオは武を讃える民族さ。柔弱なイシュタリアとは、違う!」  コートをひるがえしジャレスは躍りかかる。その動きは山猫のようにしなやかでで洗練されている。ハインリッヒよりも速い。  二本の得物を巧みに操り、反撃の暇を与えまいと斬りかかってくる。この細い腕のどこに力があるのか。一撃一撃が重く、しかも正確だ。だがハインリッヒは落ち着いて、矢継ぎ早に振り下ろされる剣を受け止めた。 「ちっ……イシュタリアの名将は伊達じゃないか」  苛ついたようにジャレスは顔を歪ませる。既に玉座は燃え落ちていた。 「君とフィオーリアが、ヴェルザリオに物資を横流ししていたんだね」  消耗戦のあと、殲滅戦があった。そのとき、物資がヴェルザリオにあることに気付いた。何者かが横流しをしているに違いないと思い、調べていたが、確たる証拠を得るには時間がかかり、一歩遅かった。 「ああ、ヴェルザリオは戦うさ! 誇りにかけてね!」  一際甲高い金属音が鳴り響く。ジャレスの二本の刃とハインリッヒの重剣の刃が交わる。交叉する。どちらからともなく距離を置き、息を整えた。 「うおぉおおおおおおッ!」 「はぁッ!」  すれ違い様に互いに斬り結ぶ。渾身のジャレスの一撃は骨に響くほど重かった。だが―― 「剣が……くそッ!」  ハインリッヒの重剣の衝撃に耐えられず、ジャレスの剣が砕けた。殺人鬼を逃がす手はない。ワンステップでハインリッヒはジャレスの懐にもぐり、万が一にも逃がさないよう致命傷を狙うべく肘で腹を殴った。――内臓の、破裂を。 「かはっ……」  咳き込みながら、ジャレスが膝をつく。ハインリッヒはすぐさま、重剣の先をジャレスの首もとにあてがう。いまにも振り下ろそうとしたとき―― 「ハインリッヒさま、レイ……やめて!」  誰よりも愛してやまない人の声が聞こえた。振り下ろす手が止まり、ハインリッヒは黒薔薇へと振り返る。なぜ、来た? マティウスと一緒に避難させたのに。 「レイ……教えて、あなたのこと……本当のこと!」
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