第一章 美しいあの人残酷なあの人

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「ハティ……星の妖精だね。じゃあそうかもしれない、願い事があるのかい……?」  あやすように、柔らかく抱き寄せられ、頭を撫でられた。黒薔薇がころんで泣いているときに、母親がそうしてくれたみたいに「ハティの王様」は彼女が言葉を紡ぎ出すまで、ずっとそうしてくれていた。 「じゃあ、母様を生き返らせて……?」  ハティは願い事を一つだけ叶えてくれるけれど、死者を生き返らせたり、時間を逆戻しにすることはできない。分かっていたけれど、あの貧しくても楽しかった時間に戻りたくて、黒薔薇は叶うことのない願い事を呟いた。 「ハティにできる願い事は世の理をねじ曲げないことだけ……死んでしまった人と会いたいのなら、時をつかさどる金色(こんじき)の龍ウルグドゥラにお願いしないとね」  小さな子供に言い聞かせるように、ぽんぽんと背中を叩かれる。黒薔薇はしゃくり上げながら、必死に願い事を訂正する。 「じゃあ、金色の龍ウルグドゥラを呼んできて……っ」 「でもウルグドゥラはイシュタリア人の守護龍だから、来てくれないんじゃないかな?」  ――アルメダ人の願い事は叶えてくれないのね……!  ハティは人間の願い事を叶えるのが仕事のくせに、人種差別のうえに職務放棄とは怠慢もいいところだ。言わせるだけ言わせといて、肝心のハティに叶える気がないのではお話にならない。黒薔薇は青い瞳をまたたいて、頬を膨らませて怒った。 「もういいわ、落ちこぼれのハティさん! 願い事のひとつも叶えてくれない、けちんぼさん!」  せっかく涙をふいて乱暴に言ってやったのに、「ハティの王様」は星の王様らしく優雅に笑って、黒薔薇の目尻に残っていた涙を拭ってくれた。 「うん、良かった。すこし元気になったようだね」  涙で歪んでいた視界がようやっと晴れる。そこにいたのは、妖精ハティではなくて、ひとりの立派な男性だった。アルメダでは珍しい金糸の髪に、翡翠のような瞳――黒薔薇が餌をやっていたチンチラの猫ちゃんみたいな淡い緑の瞳――。
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