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「あなたは誰……?」
その瞳の奥に、柔らかな微笑みとはほど遠い、どこか冷たくて謎めいた深みのある色を宿して、金糸の男は黒薔薇の正面に立った。
「私かい?――それはね」
「待って!」
彼が答える前に、黒薔薇は「ハティの王様」を騙った男の姿をじゅんぐりと見渡した。
背がとても高くて、腰につるした剣帯には、重たそうな重剣と繊細な細剣がしっかりとすえられている。
この初秋に正装――(そう、軍服なんだわ)を着込んでいて、豪華な肩飾りと胸にはいくつもの勲章がきらびやかに輝いている……。手には白いグローブ、細身のズボンにブーツ。外套(マント)は濃紺でそこには金の糸で複雑な紋章が縫い込まれている。
王冠をいただく龍がその翼をひろげ、今まさに飛び立つ瞬間が描かれている。中央には一本の剣をたずさえており、威風堂々たるたたずまいを表現している――力強さを讃えた紋章は、まかり間違っても見紛うはずがない。
「イシュタリア帝国の軍人さんで――階級は将官以上……そうでしょう、ハティの王様?」
もともと強大であったイシュタリア帝国は、ここ七年の間に近隣の国々を瞬く間に掌握し、蹂躙して自国の領土にしていると聞く。黒薔薇はまだ十二歳だが、勉学にいそしむなかで所詮は小国であり、豊潤な資源さえなければ独立国としての立場を保てないアルメダが、近いうちにイシュタリアなどの大国に滅ぼされるであろうことは、見当が付いていた。
「おや、随分と才気煥発な様子だね。先程の泣き虫さんはどこに行ったのかな?」
男はくすりと笑うと、黒薔薇の白い手をとって両手で包み込んだ。洗練された所作に黒薔薇が抗ういとまはなく、そっと手の甲に口づけされた。
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