第六章 最後の戦い

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 長き沈黙のあと、意を決して黒薔薇は口を開いた。 「――わたくしは、死に処されることがあろうと、最期まで無実を訴えとうございます」  膝を折った黒薔薇に、権威ある裁判員が意地の悪い言葉を浴びせ、辱めようとする。 「いったい誰がそのような繰り言を信じるとでも思いますか。勉学に励んでおられたとお聞きしましたが、無駄な時間だったのでは?」 「軍について勉強する前に、もう少し他人と会話をする方法を学ばれたほうが、よろしかったのでは……ははっ」  誰にあざけ笑われようと、ぴくりともしない黒薔薇に、貴族たちは興が冷めたらしく、次から次へと砂を噛んだような表情になっていく。 「目もあやな美しさに免じて、数々の無礼を許してきたが、今回の愚痴蒙昧……極刑は免れんぞ」  皇帝が窮余の一策もないと、厳しい声色で言うと、場の雰囲気が一瞬にして緊張に凍り付いた。 「死などもとより恐れてはおりません。わたくしが恐れるのは、言葉尻を捕らえる非情なる者達によって、関与の余地もない者が罪を被ること……」  最愛のハインリッヒ、そして自分を大切に思ってくれる人達。この命を天に捧げれば、彼らの息災をせめて祈ることだけでもできるだろうか。 「では他者の関与はない、とお前は言い切るか」  心臓を震わせるような威圧感が謁見の間を押し包み、その憎しみと嘲りの矛先は黒薔薇の細い体ひとつに向けられる。だが、黒薔薇はそれでもなお雄々しくあろうと懸命に前を向いていた。 「偽ったところで、わたくしの命は消えゆくわずかな灯火。ほんの少しも長らえることは叶わないでしょう」  自分の命などほんの一息で吹き消されるもの。墓場に誰かを連れて行くことは決してない。打ち据えられた背中の痛みが、だんだんと骨の髄まで染みこんでくる。視界が明滅しはじめ、徐々に狭まって、中央にいる皇帝と第一皇妃しか目に入らない。  ――しっかりして……もう少し、もう少しの辛抱よ……。  判決はもうすぐ下されるだろう。そうすれば、よほどのことがない限り再審はない。ハインリッヒとマティウスに嫌疑がかけられることは、もうない。レイ――ジャレス男爵も黒薔薇の罪を暴いた有能な貴族として、フィオーリアの傍で使えていくことができるだろう。
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