第六章 最後の戦い

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黒薔薇は決死の思いで言葉を紡いだ。 「国家転覆罪の罰は、法により死罪と定められている――みな聞け、そなたらの随員の一人まで聞け! これはわたくしが書いたもの、わたくしの筆跡。戯れが罪だというならば、この命でその罪を償わん!」  黒薔薇の鬼気迫る圧倒的な啖呵に、皇帝から貴族の随員の一人にいたるまで、みな声を呑んで耳目を驚かした。やがてざわめきが謁見の間を舐め尽くし、死を前に一歩たりとも引かぬ少女に心を打たれた数人の者が感嘆の息を漏らした。しかしそれを良しとしない裁判員が皇帝に裁きを要求する。 「皇帝陛下。我らは第三皇妃は罪状を全面的に認めた、という見解で一致しました。国家転覆罪の刑罰として死罪を求めます」  そう、それでいい。自分の意識はそう長く持つまい。背中の傷が神経まで蝕んで、痛みが感じ取れなくなっていき、耳が真綿を噛ませたように遠くなっていく。早く、判決を。 「陛下、わたくしも同じ判決を求めます」  フィオーリアの冷たい声のささやきでさえ、遙か彼方のことに聞こえる。だがまだ皇帝の裁決が残っている。これで黒薔薇の有罪票は三つの内二つ。これに対抗できうるのは、確たる無実の証拠か、皇帝の絶対権力による表明だけだ。皇帝が少数派の決定を下したことによって評が割れた場合のみ、大貴族の間での話し合いが行われ、決選投票になる。だが黒薔薇を生かしておいても、なんの益も皇帝にはない。ただ美しさに目を付けられて、皇妃という名の実質の愛妾として留め置かれただけの存在の自分に、わざわざ恩赦をかける必要は見いだせないだろう。  しばらく口を閉ざしていた皇帝が、やっとその重い口を開く。 「……罪を償うと申したか……。状況証拠並びにそなたの供述……」  黒薔薇の青き瞳はただ皇帝だけを目に映していた。 「如何ともしがたい。我が恩を忘れ、謀略を巡らした暗愚、命をもって贖うがよい」  ――ああ、これで永遠の別れ……ハインリッヒさま――。  けれど、自分はやってのけた。我が身よりも大切な、かけがえのない人を守ることができた。いまはもう、安らかに眠り、最期のときを静かに迎えよう。永遠の愛しさの中、ハインリッヒと過ごした夢をみながら。 「――それは、早計ではないだろうか」 「いいえ、わたくしの身には死こそ……え――?」
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