第六章 最後の戦い

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「お、皇子殿下! 天命とは……ついに皇帝になる決意を?」  黒薔薇は眼前でなにが行われているのか、分からなかった。ただ彼から伝わるゆったりとした心臓の鼓動を感じて、またとない安らぎを感じていた。  もう一度黒薔薇に口付けてから、ハインリッヒは目を見張るほどの鋭い声で、高らかに宣言する。 「暴虐なる者達よ、恐惶せよ。我が名はハインリッヒ・イシュタリア。我が言葉( ことのは)は千の剣(つるぎ)よりも鋭く、我が命(めい)は万の月日を経ようと覆されることは決してない。我が身を置いて他には居らずもしその名を騙ることがあれば、その者が公正なる裁きによって断罪されるように」  ――『ただ、勇気を持ち、強くありなさい』  ハインリッヒは彼自身が言ったそのとおりに、勇敢に、全霊をかけて壮烈に言い放つ。 「我こそは前皇帝レオニードの第二皇子、天命を授かりし者にして、現皇帝なる者なり!」  その言葉が下人のひとりまで達するやいなや、混乱と動揺がその場にいる者達を襲った。  集まった貴族の誰しもが懐疑の念を抱き、疑心の声をあげ始める。だがハインリッヒは勅命書を掲げ、フランツに読んで聞かせるように命令する。 「『我、五十七代皇帝レオニード・イシュタリアは賢龍ウルグドゥラの名の下に、第二皇子ハインリッヒ・イシュタリアを五十八代皇帝として、いまここに宣明する』」  勅命書がおりた。フランツが纏った外套を手に取りマティウスに渡すと、それをおごそかにハインリッヒの肩にかける。いまや皆が目の前にいる男こそ皇帝であることを知るに至った。ひとり、またひとりとハインリッヒに向かってひざまずいていく。先程彼を罵った愚行を、みながそろって悔やみ恥じていた。 「皇子殿下、いえ皇帝陛下! あなたの御代が干戈(かんか)交えるこの世にありて、輝ける光明となりますように!」
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