第六章 最後の戦い

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 フランツの言葉にハインリッヒは深く頷いた。そして痛烈な批判を込めて言う。 「前皇帝退位に伴い、黒薔薇・A・イシュタリアを我が第一皇妃として召し上げ、ついては皇后の座に任じる。これは前皇帝の知るところである。彼女を嗤笑(ししよう)した者達よ、悔悟(かいご)の念があるのならば、私は聞く耳を持つだろう」  黒薔薇は周囲の突然の変化に、ただただ驚き目を丸くしていた。嘲笑と憫笑にいつもさいなまされてきたこの自分が、数多の諸侯から畏怖のこもった礼をとられている。 「は……ハインリッヒさま……」  聞きたいことは沢山あった。なぜこの場に来たのか。なぜいままで身分を偽ってきたのか。どうしていまになって――自分のために身分を明らかにしたのか。  ところがいまだに黒薔薇に反感を抱く者がいた。フィオーリアの影に隠れるように立っていたレイだ。"また"黒薔薇を助けようとする者達への恨みに心を溺れさせ、怒りにどす黒く染まった顔で皇帝ハインリッヒに声をかける。 「陛下、申し上げますが、黒薔薇さまが国家転覆を考えていたことは事実です。法に遵守されるならば、いかに皇帝陛下であろうと死罪を命じられるはずです」  レイが冷たい声で言うと、虚偽に義憤を感じたマティウスが進み出て叱咤しようとした――が、それをハインリッヒは片手をあげて制する。 「……本当に、君はそう思っているのかい?」  一転して分別のない子を諭すような柔らかな口調に変わったハインリッヒは、ただそれだけは変わらぬ力強い眼差しで、レイを見すえた。ひきつりながらレイは声を絞り出す。 「勿論です」  本来は繊細な子だったはず。ハインリッヒはそれを分かった上で、糸の上を渡るかのような繊細な声色で困ったように言った。 「それでは、まいってしまう。私も彼女と共に首を斬られ、弔う者もなく遺骸を谷に投げ込まれてしまうね」  黒薔薇は憂き身をやつしてハインリッヒの言葉に聞き入っていた。  もう、二度と会えないと思っていた。せめて最期に彼のこれからの無事と、彼の生きるイシュタリアの繁栄を祈って死に逝こうと思っていた。……彼の変わらない愛を信じて。 「へ、陛下……?」  フランツと呼ばれた男が、ハインリッヒがまるで奇矯な振る舞いをしたかのように、物怖じした様子で声をかけた。
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