第六章 最後の戦い

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「う、嘘を教えたのね? この私に……ッ」 「前皇帝はハインリッヒ様のご存在を内密にされていました――"貴方様のような、恭順の意を示されない国粋主義者"からお守りになるために」  フランツは冴えわたる無表情で、フィオーリア元皇妃を見つめた。彼女は怯えて後ずさる。そして調子を合わせるように、ひきつりながら言葉を口にする。 「わ、私は陛下に忠誠を誓っているわよ、当然でしょう! 黒薔薇皇妃の転覆案を本物だと勘違いしたのも、陛下とイシュタリアを思ってこそ……そ、そうでしょうジャレス?」  言った瞬間に、レイの目が忌々しげに細められた。だがそれに気付かないフィオーリアは、滴る冷や汗で白粉を滲ませながら、弁解の言葉を探し続けている。 「本当のことを知っていたら、皇太子殿下――ああ、皇帝陛下だわ。陛下と、そ、その一の寵妃に鞘走った真似をすることもなかった……ねえ、ジャレス。あなたも、そうで――」  刹那のことだった。銀の光が閃いたのが、黒薔薇には見えた。逆に言えばそれしか見えなかった。 「ジャレ……す……」  レイが剣を鞘から抜き放っていた。血に濡れた刃の切っ先が、まっすぐハインリッヒに向けられる。  一瞬で首を斬り落とされたフィオーリアの胴体が、躍るように痙攣して床へと倒れていく。血がシャワーのように噴き出し、レイの綺麗な顔を、雅やかな正装を赤く染めていく。黒薔薇の視界いっぱいに、鮮血の朱が広がった。  小さく、黒薔薇は震えた。物見気分で集まっていた皇族や貴族も、悲鳴をあげてそれぞれの付き人を盾にする。付き人達や衛兵達が一拍遅れて剣や槍を向け、警戒態勢に入った。 「どうして……レイ」  レイがフィオーリアを殺した。ハインリッヒの腕の中で身じろぐと、またひどい痛みが黒薔薇を襲った。それでも彼女は力をかき集めてレイに話しかける。  ――レイはフィオーリアさまの腹心ではないの?  やっと思い出した。ジャレスという名は、フィオーリアの宮に潜入したとき、使用人達との会話のなかで上がった名前だ。  フィオーリアとレイは「イシュタリア人に虐げられている」同胞ではないのか。
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