第六章 最後の戦い

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「ふん、叔母だから尽力してやったけど……」  冷たい切っ先はまっすぐにハインリッヒと黒薔薇に向けられている。後ろに控えるマティウスに、ハインリッヒは黒薔薇の体を預けた。 「我が身かわいさにイシュタリアに尻尾を振っていた――まあそうだろうとは薄々気がついてはいたけどさ。それでもその意を尊行し挺身したのに恥も外聞もなく媚びるとは、ヴェルザリオの王族のくせに我が民族の名折れもいいところさ、見苦しい」  レイの瞳が汚物を見るようにフィオーリアの骸に向けられる。心から軽蔑し、恥じているらしい。怒りここに極まり、顔色はむしろ青かった。黒薔薇は冷たい戦慄を覚えた。  レイは無表情だったが、瞳の色はどこまでも昏く、まるで人形のようだ。 「言い逃れをする気はないんだね」  ハインリッヒが自身も重剣を鞘から抜き放ち、対峙しながら言った。レイはふん、と鼻で笑った。 「イシュタリアの犬だと思っていたあんたが、噂の第二皇子とはね。さすがに情報を集める時間が足りなかったよ。なにせついこの間まで家に軟禁されていたんでね」  レイは笑っていた。残酷で、醜くて、そして壮絶に設えられた笑みだった。 「知と武を揃えた名将か、厄介だとは思ってたけどさ。その様子だと、全部知ってるんだろ? イシュタリアを壊すなら、将軍を潰すのが定石だったけど。でも話が簡単になって、嬉しいよ――ッ!」  レイがフィオーリアの胴体をまさぐったかと思うと、その懐から液体の入った小瓶を取り出して、無造作に玉座へと放り投げる。  瓶が割れた瞬間、火の手が瞬時にあがって、灼熱がレイの秀麗な顔をゆらゆらと照らし出した。 「ヴェ、ヴェルナー殿、なにをなさいます!」  フランツが驚きの声をあげ、マティウスが黒薔薇を守るように外套で火の粉をはらった。 火の手は床を走り、謁見所の壁を瞬く間に駆け上がった。レイが立つ玉座を囲み、諸侯らと隔てるように火は燃えさかる。パニックに陥った皇族や貴族は、我先にと逃げようとする。
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