第六章 最後の戦い

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「老いぼれの皇帝を焼き殺すために持たせていたけど、我が民族の誇りを失っているなら、無理心中を強行するなんて度台、不可能な話だったか。なまじ親戚なだけに程度の低さに呆れるよ」 「……この尋常じゃない火の回り。なにかしたのかい?」  ハインリッヒがそう尋ねると、レイは口を開いた。自決不可避のこの状況で、隠す意味など無いからだろう。 「別に。引火性の液剤をこの首なしが絨毯に数年かけてまいてたってだけ」  黒薔薇はレイが微笑を浮かべたのが分かった。凍り付いた無表情に一見は見えるが、ずっと彼と過ごしてきた黒薔薇には、確かに彼が笑ったのが分かった。 「ハインリッヒさま……っ」  注意の言葉を発した瞬間、レイが動いた。炎の壁を突き破り、驚嘆すべき速度でハインリッヒに斬りかかる。きん、と高い金属音が鳴り響き、二人の立ち位置が変化する。すれ違い様に斬りかかったレイに対して、ハインリッヒは重剣でその一太刀を受け止め、流したのだ。 「皇帝が、皇后がここにいる。珍しく幸運だ。殺せばイシュタリアの権威が地に落ちる」 「マティウス、黒薔薇を連れて避難しなさい。全員だ、早く!」  衛兵達も、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。  ――レイ……ハインリッヒさま……ッ!  見ている間に、レイが恐るべきスピードでハインリッヒと肉迫する。斬り結ぶ音が絶え間なく聞こえた。レイの鋭い一撃を、ハインリッヒは重剣で丁寧に受け止めている。  民族皆兵――女性にですら兵役義務のあるヴェルザリオ。戦争では数で押すイシュタリアと、精鋭で迎え撃つヴェルザリオという図式が描かれた。結果としてイシュタリアに軍配が上がったが、もともと貴族だというレイの剣さばきは、凄まじいまでに無駄がない。武を讃えられるハインリッヒと互角に戦っている。 「逃げても無駄さ。繋がった扉という扉はもう火に包まれている。逃げている皇族も貴族も死ぬ。――あなたもだけどね!」  ハインリッヒの横なぎの一振りを、レイは身をかがめて避ける。転がりながら、衛兵が手落とした剣を拾い、二本の剣ですぐに斬りかかる。最初の一撃をハインリッヒが流し、追撃の二刀目を素早く手元に戻した剣で慎重にはじき返す。  剣戟の応酬を見ながら、黒薔薇はマティウスに抱えられて、退室していく。 「やめて……レイ、レイ……ッ!」  炎が走り、マティウスとフランツが一瞬足を止める。廊下は火の海だった。
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