第六章 最後の戦い

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 怖気を震うような悲鳴が聞こえ、「熱い、熱い!」という呻きが続く。皇族か貴族の誰かが、火に飲み込まれたのか。 「シーリンガー殿、避難用シェルターへ!」 「ああ、あの皇帝専用のか……火に耐えられるか分からないが、それしかない!」  出口とは反対の方向へ、マティウスとフランツは走る。  抱えられながら、黒薔薇は何度もレイであった少年の、不器用な笑みと、吐き出した怒りを交互に思い出す。  ――レイ、ヴェルナー男爵家に売られて、辛い目に遭って……わたし、なにも知らなかった!  愛するハインリッヒと、どうしても憎めないレイが、炎の中で戦っている。このままでは、どちらかが息絶えるまで戦い続け、残った者も炎に焼かれてしまう!  地下の小さなシェルターの扉が開かれる。三、四人ほどなら入れるだろう。まずフランツが入り、上着を床へと敷いた。 「さあ、皇后様!」  フランツが呼びかける。  ――皇后……わたしが、目指してきたもの。  マーサを失い、ニーナを失い……たどり着いた。それは手に入ればきっと素晴らしいものだと信じていた。けれど、栄光とはほど遠いその座が、虚しく黒薔薇を彩る。  ここでハインリッヒさまとレイを残したままで……わたしは、それでいいの?  レイの愛らしい顔。ジャレスと名乗り、マーサとニーナ、警備士、そしてガーネット、フィオーリアまで殺した残忍な一面。  だがその奥に、とてつもない悲しみを感じた。拷問を受けていて、気付いた。泣きそうな顔をしていた……レイ。どうしてニーナを殺したの。どうしてマーサを殺したの。どうして、戦おうとするの。  黒薔薇はマティウスの手を払いのけ、火が走る廊下を戻る。マティウスが追いかけようと手を伸ばしたが、火が回った天井が崩れ落ちて道を遮断した。 「姫さん!」 「マティウス、シェルターに入って。絶対に生きて!」  どこにそんな力があるのか分からなかった。足が勝手に動いていた。痛みも分からぬほど、頭の中が悲しさでいっぱいだった。  せめて知りたい。なぜ自分のもとに女として来たのか。なぜみんなを殺したのか。納得がいかなくても、レイ自身の言葉を聞きたかった。  謁見所の扉は開けっ放しで、炎の奥に、ふたりの姿が見える。 「ハインリッヒさま、レイ……やめて!」
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