第六章 最後の戦い

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 ジャレスは敗北を知り、目を閉じた。自分は誇り高き戦士として死ぬのだ。この炎上具合では、皇帝ハインリッヒも道連れにできるだろう。  公爵家の息子として生まれた自分。戦で怪我を負いその療養中に、イシュタリアが戦争に勝利した。無法者が家に押しかけ、父親は一人で戦い、そして死んだ。ジャレスの、目の前で。  ――「お兄さま」  柔らかなピンクブロンドを思いだす。自分によく似た、可愛い実の妹を。  ――レイ、もうすぐ兄様もいくから。  父も母も、レイも褒めてくれるだろう。憎きイシュタリアをここまで混乱させたのだ。たったひとりの力で。叔母は唯々諾々と従うだけの権力の駒で、自分はそれを操り、そして戦い、負けたのだ。  誇りある死であると信じて、死に逝く――だが、よく知った声が、謁見所に響き渡った。 「黒薔薇……」  首を落とそうとしたハインリッヒの手が止まっている。だがジャレスも動けなかった。腹への衝撃のせいで立てないし、なにより自分を呼ぶ声が信じられなかった。 「なんで、あんた……」  黒薔薇が荒く息をしながら、近づいてくる。コマ送りのようにその緩慢な動作を見ていた。炎に照らされた黒薔薇は、やはり美しかった。 「レイ……教えて。どうして、みんなを殺したの」  手をそっと握られる。重ねられた手に、黒薔薇の涙がこぼれ落ちた。ただ、ジャレスはそれを見ていた。ただ、見ていた。 「レイ……一緒に逃げましょう。あなたの罪は裁かれる。けれど、人身売買はイシュタリアでも違法よ。わたしが、今度こそあなたを守るから」  皇后の力、使わせてと言う。 「もう、戦わなくていいでしょう。だって、こんなに、哀しそうな顔をしているのに」  皇帝ハインリッヒが警戒したままでこちらを見つめている。ジャレスは重ねられた手を振り払った。 「レイじゃない、あんたがレイって呼ぶな! それは、それは僕の妹の名前だ!」  叫ぶ。ハインリッヒに腹をやられて、内蔵が損傷しているのだろう。吐きつけた瞬間、喉元から血がせりあがって、彼は激しく咳をした。 「ハインリッヒさま、レイを医者に……っ」  なんだよ、殺そうと思ったのに。なんでだよ、こんなに近くにいるのに。この欠けた剣で無理矢理に首をかききってやれば、名誉ある死を迎えられるのに。レイ……。
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