第六章 最後の戦い

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 ――全部、全部、なくなってほしい。  イシュタリアがジャレスの家族を奪った。ならばどんな手を使ってでも、帝国に復讐をと願った。人質同然に皇妃となっていた叔母は、イシュタリア皇帝に避けられ、子供も産めなかった。そう、よく嘆いていたことを思い出す。  ――ばーか、男に尻尾を振るから……ヴェルザリオ人以外なんかと子供なんか作ったって……。  でもさ。 「教えて、黒薔薇」  ジャレスはひゅうひゅうと掠れた声で言う。聞いてみたかった。 「女は……愛するより……愛されたほうが、幸せ?」  マーサがよく言っていた。別に悪いやつではなかった。かといってジャレスの復讐心の前では籾殻のごとく価値のない存在であったけれど。  いまや彼の目に映っているのは、黒髪の皇后ではなく、柔らかなピンクブロンドの少女だった。 「幸せよ……愛されて、幸せなの……」  レイの言葉が、すとんと胸に落ちる。この胸がすく気持ちは、安堵? 「そっか……。ごめん、ごめんよ"レイ"……」  うわごとのように「レイ」と繰り返した。ハインリッヒが剣を鞘に戻す音が、小さく聞こえた。重たい手を伸ばして、レイの髪に触れた。自分の血まみれの手が、妹の綺麗な髪を汚してしまうけれど。 「レイ、イシュタリアでも……愛されて、幸せになれるんだったら……」  すべすべの頬に触れた。レイだ。この世でたったひとりの血を分けた兄妹。本当なら自分が守ってあげなければいけなかった妹。  眩しい。光が自分を包んでいる。その光の真ん中で、誰よりも大事な妹が笑っていた。 「そっちのほうが、お前は、良かったよな……?」  柔らかく波うつピンクブロンド。妹が、こくりとうなずく。  芯の強い妹。美しくて、細剣を握る姿は華麗な剣舞のよう。兄様の、自慢の妹だ―― 「ごめん……兄様に、謝らせて……くれるか?」  妹の手が躍るように広げられ、ジャレスを包み込んだ。ああ、やっと――  白い光が、ジャレスと妹を導いた。  父上、母上……レイ……僕は、僕は……。 「僕は、ただ……」  ぽつりと呟き、ジャレスはそれきり動かなくなった。
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