第三章 密やかな逢瀬

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 動揺が先に走り、優しかったマーサの生前の温かさが、遅れて胸を容赦なく突き刺す。  わたしが、脅迫状を本気にしなかったばかりに……。  男手を使って、一刻も早くマーサを降ろしてあげたかった。見開かれた瞼を閉じてあげたいとも思った。だが現場を保存しなければ、そう警備兵が来るまで――  マーサが殺された。  だが事は思ったより大きく扱われなかった。しょせんは侍女ひとりだと、警備兵は軽くあしらい、むしろ黒薔薇に害がないかどうかと調べた。  黒薔薇がどれほどマーサを殺した犯人を突き止めて欲しいと言っても、いまは黒薔薇の身の安全を確保することが最優先で、侍女ひとりに構っている時間はないと返される。 「たかがですって? 人間に変わりはないでしょう!」 「今日はフィオーリア様の晩餐会の準備で、警備兵はほぼそちらに配備されています。人員が足りないので、調べても無駄ですよ」  ――人の命より、フィオーリア皇妃の宴のほうが大事ですって?  晩餐会はとりやめになることはないらしい。  しょせんは小国の姫だということを、まざまざと見せつけられる。黒薔薇の恩人の命より、貴族たちが馬鹿騒ぎをする宴の方が大事だというのか。ただの権力の集いが。 「ひどい、ひどい……っ」  ニーナはいなかった。レイだけが、恐る恐る手に触れてきた。振り返ると、レイは泣いていた。彼女もマーサに教えを請うていたのだろう。恩人を失って辛いのか。  黒薔薇はレイの手を握りかえした。  行き場のない憤懣が、黒薔薇に強い意志を抱かせる。
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