第三章 密やかな逢瀬

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 フィオーリアやガーネット、そして集まった皇族、諸侯の前でのこの台詞に、周囲がどよめき立ち、黒薔薇は内心で悲しく笑う。愛してもいない男に媚びて、権力を得るために嘘の微笑みで本当の心を塗りつぶす。愛している人に微笑めたら、どれだけ嬉しいだろう。  黒薔薇は毅然としてホールを歩く。  第二皇子は出席していなかったが、第一皇子と第三皇子に挨拶をすることができた。どちらも――とくに第三皇子は好色そうで、黒薔薇の可憐な容姿を絶賛した。 「これほど美しき美姫。出会えずに終わっていたら、我が人生は万年の雪に埋もれてしまうでしょう」  ハインリッヒさまのように、心を穏やかにしてくれる声ではない。ただ若い女をむしゃぶりたいだけだ。そういう品性のなさがにじみ出ているので、黒薔薇は第三皇子から距離を取ろうとした。  するとフィオーリアが進み出て、彼女の前に立ちはだかった。 「ごきげんよう。フィオーリア皇妃」  あなたが主催する晩餐会。マーサの命に替える価値はあって? 「ふふ……黒薔薇よ、おまえの宮の犬が死んだというではないか」  ――い……ぬ……、マーサのこと? 「咲き誇れば薔薇もしおれるということ……陛下を惑わす以外に能はあるのか」   扇子でフィオーリアが口元を隠して、くつくつと笑う。それに乗じて貴族たちがひそひそと交す言葉が耳を付く。 「はは……あれが「毒薔薇」だとさ、確かに夢のような美少女だけど、あのドレスは子供っぽいよなぁ……」 「毒の華が皇帝陛下をたぶらかすなんて! 身の程知らずもいいところよね」  ――毒薔薇……わたしのこと? なにを愚かなことを!  マーサを人間として扱ってくれない。あんなにも優しかったのに……温かかった思い出が、理不尽な言葉で蹂躙されていく。黒薔薇の全てが――心ない者達の言葉で! 「見て、あの娘。フィオーリア皇妃の前で、不作法だこと……さすがは下賤な庶子姫ね」  黒薔薇の心の傷――アルメダの庶子姫! そんなことまで伝わっているとは、誰かが手引きしたに違いない。そう、例えば目の前いるこの女が。朱を塗った唇をつり上げて、意地悪く笑っている……黒薔薇を見て、下賤な娘とあざけ笑い、拭っても消えぬ汚名で黒薔薇を貶め、喜んでいる。なんて女だろう。
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