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「マティウス! 勝手に入ってこないで!」
黒薔薇を皇妃とも思わず接してくる相手、マティウス・シーリンガー子爵。いつものように甘言を弄して侍女を惑わし、無断で部屋に入ってきたのだろうけれど、この無礼を許したままにしておけるだろうか、いや、この男の前にはなにをいっても無駄なのだろう。溜息をつくと、マティウスは笑って手紙を放って寄こした。
「ほらよ、姫さん。ハインリッヒからの手紙」
「!」
ときめく胸の奥で消したはずの音が、再び鼓動し始める。やはり、愛おしい心に嘘はつけない……彼の名前を聞いただけで、淡く消そうとしたはずの交した愛の囁きの残響が、よみがえって胸の内をふたたび灼く。
――『愛しい人へ。君が晩餐会でひどい仕打ちを受けたことは聞いているよ。でも君の発言はもう少し思慮深くあるべきだと私は思っている。思い違いをしないでほしい。君を愛しているからこそ、私は君に皇妃たる器量を培って欲しいと願っているんだ――』
「なんて書いてあるんだ?」
マティウスが興味深そうに、ひとりで百面相をする黒薔薇に声をかける。
「……今夜、会いたいって」
手紙で言動を責められて、黒薔薇は不機嫌に頬をぷうっと膨らませる。と、暖かな腕が伸びてきて、黒薔薇を包み込んだ。驚いてマティウスの顔を見上げると、彼は初夏の木漏れ日のように、胸がすくような微笑を浮かべて黒薔薇を見つめていた。なぜだか顔に一気に血が上り、吐息が火のように熱くなる。胸が波打って仕方がない。
だがまあ、取り乱しても仕方がない。相手はあの好色で有名なマティウス・シーリンガーだ、いちいち気にしていたらこちらの身が保たない。それよりも問題はハインリッヒのことだ。
どうにかして、彼の本意を確かめられないだろうか、自分だけに分かる形で。そうだ、彼の責務に対して挑戦を投げかけられないだろうか。やってみる価値はありそうだ!
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