第一章 美しいあの人残酷なあの人

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 黒薔薇の名前は正式には黒薔薇・ウィル・アルメダである。一夫一婦制のアルメダ王国の歴史の赤っ恥のひとつに、心ない者達は黒薔薇のことをこぞってあげるに違いない。王妃との間に六人の王子と四人の王女をもうけながら、花のように可憐な使用人を見初めたあげく手籠めにして、「庶子姫」と義兄姉や国民からも蔑まれる黒薔薇を産ませた。  名前だってふざけている。例えば義兄はオーランドで義姉はエリアナと、ごく普通の名前をもらっているのに、自分はなにをどう間違ったか「黒薔薇」だ。オモチャのように弄んで子供ができたとたん、せまい離宮を与えて母を実質のところ捨てた男だ。名前もオモチャ気分で与えたに違いない。  国王に問い詰めたところ、幼児ながら退廃美さえ感じる美しさに薔薇の面影を見た――らしいが、とにかくアルメダ王国では「黒薔薇」といえば「庶子姫」なのだ。  とは言え、幼き頃は幸せだった。ほんとにちっぽけな離宮だったけれど、小さな庭があって、そこに母親が大好きなアネモネを始め、季節の花々を一緒に育てた。母は本当にたおやかで可憐な人だった。そして優しく気が弱くて、そこを父王につけ込まれたに違いないのに、恨み言の一つも言わずに、忌み子のはずの黒薔薇をまったき心で愛してくれる、最高の母親だった。  朝はいっしょのベッドで目を覚まし、使用人だった母は慣れた手つきで朝食を作り、黒薔薇はそれを手伝った。毎日できたてのパンと庭で育てた野菜のサラダ、ちょっと贅沢したい日は一囓りのベーコン。古くてちょっぴり酸っぱかった山羊のミルクに、ところどころ痛んだフルーツを添えて、「美味しいね」と笑いながら食べた。  食器を洗ったら次は洗濯物を片付けたり、掃除をしたり、母子ふたりっきりの生活は質素だったけれど楽しかった。それも病弱だった母が亡くなるまでは――。
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