第三章 密やかな逢瀬

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 ――ヴェルザリオ人のイシュタリアへの移住は二割に及ばないか、少ないね……。  反乱を抑えるためにヴェルザリオ人をイシュタリア領土へ移住させる計画は、あまり進んではいなかった。民族性を尊ぶ国民性が仇となり、旧ヴェルザリオで暴徒と化した人々が行政府を襲っては、それに迎え撃つべく軍が動いて血なまぐさい話が絶えない。 そもそもヴェルザリオは国民皆兵であり、敗北よりも集団自決を選ぶような国だ。実際、最後の戦闘では、首都もろとも滅ぼす手段がとられ、一時全滅の危機に陥ったのだ。 「死傷者は一般人が七割を占めている……反イシュタリア感情を煽る話だね……まったく」  ハインリッヒは将軍の執務室で深く溜息をついた。三年に及ぶ激闘はイシュタリアの勝利で幕を閉じたが、深い確執は依然続いたままだ。  ――本軍を派遣し徹底的に叩くしかないね。多くの血が流れるが、この世では仕方ない。  一方アルメダ王国は簡単だ。あの国民は日和見傾向がある。種々の権利を与えれば、簡単に追従するだろう。だから問題は睨み合いが続いているセルシア公国と、繁栄の影で混迷する帝国内のことだ。ハインリッヒに忠誠を誓う部下が進み出て、近況を報告する。 「ルーデル将軍、セルシア公国が協定以上の軍事力を保有しているのは、確定情報かと」  やはり、か。一応イシュタリアとセルシアの間には古くからの軍事協定が存在する。だがそのようなものはこの戦乱の世にあって無効に等しい。 「動きがあればすぐに対応できるように、こちらも軍の配備を進めなさい。疲弊確実の戦争など愚かだからね、国力を弱めてしまう。示威行動で事が済むようにしよう」 「はっ」  さて残るのは皇帝を巡る兄弟の争いと、皇后の地位を争う皇妃たちだ。前者は注意深く動くしかないが、後者は黒薔薇を中心になにやら陰謀が渦巻いているようだ。セルシアが動くとすれば、まもなくだろう。黒薔薇のために時間を割ける内に、国内の問題は片をつけておきたいのだが、悪い予感もする。皇妃たちの問題には、なにかひどく純粋な悪意が見え隠れしている――行き着く先は、計り知れない憎悪か、それとも――。
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