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レイが止める声を振り切って、黒薔薇は地味な使用人になりすまして、フィオーリアの宮へ潜入する。
フィオーリアがニーナの行方を知っているとは思えないが、少しぐらいなら収穫はあるかもしれない。
皇帝の宮を真似たかのような白亜の宮は、主の矜恃を示すかのようだ。と、そのとき――
「おい、そこのオマエ!」
急に声をかけられて、黒薔薇の肩がびくんと跳ねる。
「は、はい! なんでしょうか?」
「ロビーの掃き掃除、手間取っているみたいなんだよ、あっち行ってくんないか?」
――よかった。ばれたと思ったじゃないの!……掃き掃除ね、母様とよくやったわ……。
ロビーでは既に数人の使用人が、つまらなさそうに、黙々と働いていた。その中に紛れ込み、箒を手にしながら黒薔薇はひそりと言葉をもらす。
「つまらない仕事よねぇ、前の晩餐会のときは最高だったわよね。あの第三皇妃の顔よ!」
高慢ちきな主(あるじ)のせいですっかり気が塞いでいた使用人たちは、すぐに話に乗ってきた。
「ああ、毒薔薇ね。それにあの侍女、顔から出るもの全部垂れ流してたみたいで傑作!」
宮の主と同じく性格が歪んでいそうな使用人たちだ。しかも使用人まで黒薔薇のことを毒薔薇と呼んでいるなんて、随分となめられたものだ。怒りを覚えながら、黒薔薇は話に乗ったふりをして、いかにも楽しそうに合いの手を入れる。
「で、やっぱりフィオーリアさまなわけ? 毒薔薇に恥をかかせたの!」
使用人頭に目をつけられないように声を絞りながら、話に混じってきた使用人のひとりが自慢げに口を開く。
「わたし、聞いちゃったのよぉ。フィオーリアさまとジャレスさまが話してるの!」
「え? なになに?」
――ジャレスって誰かしら。フィオーリアの腹心? それで話とはなんだろう。
「毒薔薇があれを飲んでいたら、皇帝の寵が冷める恥をかかせてやれたって、ということはやっぱりフィオーリアさまが、なにかしたってことよねぇ、ふふふ!」
また別の使用人が出所が確かでない憶測を話し出す。
「どうかしら、友達にガーネット皇妃の所で働いてるコがいるけど、ガーネット皇妃もお茶器になにか細工してたとか、してないとか!」
「もしかしたら毒薔薇の自演だったりして。『みんな、可哀想なわたしを見て!』みたいな!」
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