第四章 なにもかも過ぎてゆく

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 夜、ほうほうと鳥が鳴いている声が聞こえた。ニーナは痛む頭を抱えて、体を動かす。だが両手両足共に縛られていて、びくともしなかった。  ――あたし、なにしてたっけ……。  ハッと気付いて、ニーナは辺りを見回す。ここはどこだろう? 小さな小屋、カビの臭いがして、空気はじめりとしている。  叫ぼうとしても、猿ぐつわがそれをよしとしない。  月が雲に覆われて、小屋の中は真っ暗になる。恐怖に身じろいでいると、突如としてドアが開いた。ニーナが見上げると、そこには蠱惑的な笑みを浮かべる少年がいた。 「ああ、あの程度の薬で四日間眠りっぱなし、寝汚いね」  ――誰、この子……。 「世間では君がマーサとやらを殺した犯人になってるよ」  なんてことを、この少年はさらりと言ったのか。そもそもマーサさんが殺されたとは、どいういうこと?  なにも分からないニーナもとへ、ゆっくりと少年は歩み寄ってくる。手にしているのは細剣だ。月の光が刃を銀に光らせた。  恐怖のあまり、ニーナは後ずさりする。しかし壁際まで追いつめられて、細剣の切っ先を突きつけられる。 「さあ――あんたもそろそろ終わりだね」  雲が晴れ、月が少年の顔を照らす。その顔に、感じるものがあった。 「――っ!」 「あれ、わりと頭いいね、じゃあ賞品として――」  苦しまずに殺してあげる、と少年は言った。ニーナは涙を浮かべながら、震え続ける。  まさか、まさか……っ! 「でも君はまだ生かしておくよ」  すっと突きつけられた剣がおろされる。  そして少年は細い唇で弧を描いた。 「そして最悪のタイミングで君は黒薔薇と再会を果たす。アイツは君を見て、他人を相手にするような態度を取るだろうね!」  ――どういうこと? 姫様があたしを……?  パニックに陥るニーナを顧みず、少年は当て身を喰らわせてきた。  少年はレイピアを鞘に戻し、残虐な笑みを浮かべた。 「さて、残すはガーネットか。まあ、美少年好きのおばさんだから簡単か……あとは、皇帝と毒薔薇か……くくっ、両方とも絶望に乾くがいいさ」  失神したニーナを残し、少年はもと来た道を戻っていった。
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