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黒薔薇は小さかったから、なぜときどき母が父に呼び出されるのか分からなかった。だから母が死んで、粗末な葬儀しかあげられなかったはずなのに、父王が匿名で参列して嘆いていたのには驚いた。だがその理由はすぐに分かって、黒薔薇は母が不憫で忍びなかった。
「黒薔薇よ、今日からこのアルメダ城がお前の家だ」
母が死んで、黒薔薇は幼いながらもこのちっぽけな離宮で暮らしていくものだと思っていた。だがすぐに迎えがやってくるやいなや、捨て置かれたはずの幼女は一夜にして「姫」となった。それも、国王の愛娘に――。
「さあ、黒薔薇よ、今日も私の慰めに歌を歌いなさい。リアンは勿体ないことをした……」
――リアン……母様の名前!
母はこの男に慰み者として扱われていたのだ。使用人を孕ませたあげく捨てたくせに、美しさが忘れられずにたびたび手元に呼び寄せ、母様が亡くなられたら、今度はわたしを代わりに愛でようというのだ……!
こんな下卑た男に捕われ、自分という枷をはめられた母の生涯は、本当に幸せだったのだろうか。でも母は言っていた。黒薔薇に逢えたことが、人生で一番幸せなことだったと。
その言葉を信じて、母の想いに恥じないように生きようと、黒薔薇は敵だらけのアルメダ城で暮らすことになった。
もとより一夫一婦制の国、態度が冷たいことなど最初から分かっていた――けれど。
朝になっても「おはよう」のキスはない。ひとりでぽつんと食べる朝食は、ほかほかだけれど喉の奥ですぐに冷たくなった。義兄姉は愚か使用人にまで「庶子姫」と蔑まれ、祭事などで国民の前に出ることがあれば、まるでいないかのように無視された。
このままでは終われない――そう思った。心ない父王の慰めに歌って舞うだけの人生など、ただの人形のような価値のない人生など母は望んではいなかっただろうから。母親のリアンがおとなしい性格だった分、黒薔薇は強気に育った。そうでなくては生きていけなかったからかもしれない。
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