第四章 なにもかも過ぎてゆく

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 ――「つまらない」舞踏会のお知らせね……。  黒薔薇は招待状を手にして、この日何度目か分からない溜息を漏らした。皇帝の印が押されたそれを、くしゃくしゃにしてやりたい。  むしろ黒薔薇の問題は、見つからないニーナだ。  ずっと探しているのに、ニーナは忽然と消えてしまったのだ。世間では完全にニーナが犯人扱いだが、あの子はそんな残酷なことができる子じゃない――そう信じている。  だがいくら皇帝に直談判しても、「ただの侍女」の話だけで終わる。ひとりいないなら「別の侍女」で補充すればいいと返される。  激務が嫌で逃げ出したのでは、と言われたときは、本気で皇帝の頬を殴りつけそうになった。そんないい加減な子だと思われて、ニーナが可哀想だ。  とにかく黒薔薇は警備士にニーナを探すように頼んでいる。成果はないが。 「皇妃は原則、必ず出席……ね」  まあいい。こちらだって無策で迎えるつもりはない。イシュタリア式の礼儀作法はもう体得したし、これ以上血の巡りが悪い者らにこけにされては母さまに申し訳ない。なによりハインリッヒさまも望んではいないだろう。  どうせ大した衣装も持っていないと甘く見ているのだろうけれど、おあいにく様、皇帝から多大なる寵をいただく自分は、望めば名に恥じない薔薇のような盛装を用意する準備ができている。 「やってやるわ、毒薔薇が華やかに飾ってみんなの度肝を抜いてやるのよ!」  傍に控えたレイが、侍女の腕が鳴るとばかりに興奮した様子でさっそく準備にかかろうとする。 「皇妃さまは妖精みたいだって、みんな言ってますよ。薔薇の妖精さんだって……。あの、わたしも皇妃さまみたいになりたくて……」  もじもじと言う少女は、贔屓目なしに見ても可愛らしかった。あと一年もしたら、ヴェルナー男爵家を後見人として迎え入れられるし、そのときは盛大にレイの社交界デビューを祝うつもりだ。 「レイ、あなたはとっても可愛らしくて素敵よ。マーサが言っていたじゃない。笑えば百人力なのだから」
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